東京都現代美術館の岡崎乾二郎展へ。
最初期の型紙からつくられた立体作品に、我が街「たかばん」の名がついていた。
これまで印刷物で見てきたアクリル素材使用の絵とオリジナルとの違いの大きさに、当たり前とは言え驚かされる。妖しいまでの色の輝き、画布からの素材の吹き上がり。アクリルは平面性の強い画材だと思い込んでいたこともあろう。粘着性の強い色が暴れているのだが、会場空間には軽やかな光が流れている。
以前、「ねこかしら」という岡崎の絵本で描かれた、ゆるいドローイングの踊りに見入ったことがあったけれど、作家の内包する世界は測り知れない。
展示室の最後は、作家が脳梗塞で倒れた後からの粘り強いリハビリの過程で創り出した造形物である。作家の裡から這い出て、呻きうねりを閉じ込めたまま、ひと時ここで固まっているという不気味な印象がある。いつの日か、再び動き出すのか、溶け消えるのか。この「造形物」もポスター等で使われているが、作品を前にすると、「生命体」があるという印象を拭えない。
型紙から名づけ得ぬ塊へ、一人の作家の数十年に渡る変貌流転を見せられたのだ。
終了日の前日の入場になってしまったが、家人と「来てよかったね」と言いつつ清澄白河駅への帰り道、鰻と焼き鳥を焼いている店に捕まってしまった。持ち帰りの鰻が焼き上がるのを待つ間、焼き鳥を頬張る。帰宅後にワインをあけるので、コップ酒は我慢した。