出版社エクリの30年とシュルレアリスムへの憧憬
2024年は、私たち夫婦が営む出版社「エクリ」が30周年、そして自宅の図書室「木林文庫」が10周年を迎える、節目の年でした。この大きな節目と、私たちの結婚50周年を記念して、一ヶ月ほどフランスを旅してきました。エクリの原点とも言えるフランスの地を巡る時間は、これまでの歩みを振り返る大切なひとときとなりました。
「エクリ」という名前に込めたもの

「エクリ(ecrit)」という名前は、フランス語で「書く」「書かれたもの」という意味から名付けました。よく「ジャック・ラカンの著作(『エクリ』)からの影響ですか?」と聞かれることもありますが、実はもっと素朴な、私たちの「書くこと・作ること」への意思を込めています。
私たちの出版活動は、最初から順風満帆だったわけではありません。最初の頃は編集事務所として、教育財団の広報誌や、時には経済産業省(当時の経産省)の事務仕事まで、家内と二人で地道にこなしていました。それらの外注仕事で蓄えた資金を元手に、自分たちが本当に作りたい一冊を作る。それがエクリの始まりでした。
衝撃を受けた最初の一冊と、宇野亜喜良さんとの出会い

エクリの記念すべき第一冊目は、ポール・エリュアールとアンドレ・ブルトンによるシュルレアリスムの詩集『処女懐胎』に収録された「恋愛」という作品でした。性愛のさまざまな営みに詩的な名前をつけていくこの作品に強く惹かれ、イラストレーターの宇野亜喜良さんに絵をお願いしました。
当時、宇野さんからも「これ、本当に出して大丈夫?」と心配されるほど、内容も絵も非常にセンシティブで直接的なものでした。今から20年前とはいえ、まだそうした表現に対して世間の風当たりが強い時期でもありました。初版1000部。時間をかけてゆっくりと完売し、現在は絶版となっていますが、この一冊が私たちの「自分たちの納得のいくものを作っていく」という旗印になったのです。
ゴダールから教わったエリュアールの美しさ

私がそもそもシュルレアリスムやエリュアールの詩に興味を持ったのは、映画がきっかけでした。ジャン=リュック・ゴダール監督の『アルファヴィル』という映画の中で、アンナ・カリーナが詩を朗読するシーンがあります。その美しさに圧倒され、画面に映った『苦悩の首都』という書名を手がかりにエリュアールの世界にのめり込んでいきました。
フランスに滞在していた学生時代、エリュアールの詩集を常に手放さずに持ち歩いていました。ある時、空港の待合室でエリュアールを読んでいたら、見知らぬフランス人男性に時間を聞かれたことがあります。後で聞いたところ、彼が私にフランス語で話しかけたのは「エリュアールを読んでいるような奴なら、当然フランス語が通じるだろう」と思ったからだそうです。本が言葉の壁を超えて、人と人を繋いでくれたこのエピソードは、今でも私の大切な思い出です。
妻への誕生日プレゼントから始まった『グランデール』

エリュアールが自分の娘のために書いた唯一の童話『グランデール(種と翼)』。これに出会ったのも、私がフランスに一人で滞在していた時でした。
あまりに素敵な物語だったので、日本で働いていた妻の誕生日に、自分で翻訳した原稿を添えてその本を贈りました。それが私にとって初めての翻訳作業でした。当時はまさか、後に自分たちの手でその本を出版することになるとは思いもしませんでしたが、今にして思えば、あれが「エクリ」という形のない出版社が動き出した瞬間だったのかもしれません。
「二人で半人前」の出版社として

出版を始めた当時は、大手の取次(問屋)を通さなければ本屋さんに本を置いてもらえない時代でした。実績も冊数もない私たちを扱ってくれる取次はありません。そこで、妻と二人で一冊ずつ本を抱えて、全国の書店を営業して回りました。
「おたく、どこの誰ですか?」と冷たくあしらわれることもありましたが、一方で、京都の「恵文社一乗寺店」さんや新宿の大手書店の女性担当者さんなどは、本を一目見ただけで「わあ、ブルトンだ!」とその場でお取り扱いを決めてくださいました。決断の早い彼女たちの直感に、私たちは何度も救われました。
私たちはよく、エクリのことを「二人出版社」と呼んでいます。「一人出版社」という言葉もありますが、私たちは二人でようやく半人前。それでも、一年に一冊というゆっくりとしたペースで、自分たちが「これだ」と思えるものだけを世に送り出す。この小さな、けれど自由な世界を、これからも大切に育んでいきたいと思っています。
今回の記事に登場した本・映画
- 『処女懐胎』:ポール・エリュアール、アンドレ・ブルトン著(エクリ刊・品切)
- 『グランデール』:ポール・エリュアール著(エクリ刊)
- 『アルファヴィル』:ジャン=リュック・ゴダール監督作品
- 『苦悩の首都』:ポール・エリュアール著