楢橋國武遺品のネガより

木林コラム
楢橋國武遺品のネガより

次男に薦められて神谷町のギャラリーPGIで「楢橋國武遺品のネガより 楢橋朝子作品展」を見た。写されているのは1961年当時のソ連、東欧、中国である。保存状態が劣悪であるため、どの写真も紗が掛かかったようにぼやけており、それ故検閲密告に覆われていたスターリンの亡霊が感じられてくる。

ペレストロイカ以前のソ連で、自由にシャッターを押すのは不可能だったし、特に建物や人物撮影は厳しかったはずだが、フルシチョフが権力の座にあったこの頃は「平和共存路線」を標榜していたから、ある程度は緩やかになっていたのだろうが、陰鬱で淀んだスターリン時代の閉塞感がまだ至る所にはびこっているようだ。

この少し後の68年に彼の地を旅した武田百合子のエッセイ『犬が星見た』に出てくる錢高老人の決め台詞「ロシャはえらい国じゃ。わしゃ前から知とった」を何故か思い出してしまったけれど、この写真の風景の中を歩いていたら、とてもこの歎声は発せられなかったろうから、十年足らずで街が劇的に入れ替わっていったのだろう。

その68年、ブレジネフが指導者だったソ連軍の戦車がプラハに侵攻しことへの抗議デモの中に私もいて、このギャラリーに程近いソ連(ロシア)大使館に向かっていたのだ。

初出:note(2025年6月13日)