
木林文庫ジャーナル
本のこと、日々のこと
山の書棚
山の書棚・吉備中央の開設準備・10月編
藍染のアポレンカ
「藍染のアポレンカ」という絵本をプレゼントして下さった方に教えられて、広尾のチェコ大使館併設のチェコセンター東京でこの絵本の世界を受け継ぐ技とデザイン展を見た。会場では恐ろしく日本語の達者な若い大使館員の説明を聞くことが出来た。
ポテサラの会
先日、松山の伊丹十三記念館近くの書店「本の轍」さんで購入した「ポテト・ブック」に誘われて、木林文庫の「本と料理の集い」第3回目は「ポテサラの会」。
瀧口修造 書くことと描くこと
アーティゾン美術館で「瀧口修造 書くことと描くこと」展を見る。2005年に世田谷美術館で「夢の漂流物」展を見て以来になる。瀧口の書いた文、描いた絵、どれもが好きなので、20代の頃から読み、見続けてきた。
はじめの一冊
四国の翌日は岡山県吉備中央の丘に、長男が手に入れた一軒家の清掃と床ワックス塗り作業の応援隊。
見るべきものは見つ
初日の松山は、在住の方の案内で「見るべきものは見つ」。感謝。
&Premium
「&Premium」9月号「誰かと語りたい、あの映画」にて「私が薦めたい映画/誰かに薦められた映画」で65人の中に混ぜていただきました。(私のセレクトは古い)
SALUS
東急線のフリーペーパー「SALUS」8月号特集(本の先に広がる世界)で、木林文庫を紹介していただきました。
ふたりのアフリカ、手仕事の宇宙
世田谷美術館で「ふたりのアフリカ、手仕事の宇宙」展を見る。
「木林文庫・岡山」の構想
私たち夫婦が二人出版社エクリを始めてから、二年前の2024年で20年を迎えている。 エクリの刊行書籍は「樹木」にまつわるものが少なくないことから、木、森、林に関連する書籍を探しているうちに、かなりまとまった数が集まってきた。
展示のハシゴ
表参道のGALLERY SAOH & TOMOS で山本恵海の「火照りと閑寂」と題する大理石の作品を。
L'arbre m'a dit
近隣の友人にお招き頂き、遠来の友(パリ在住のパイプオルガニストとパートナーでリヨンに住む女性)と再会。
芸術新潮
「芸術新潮」7月号で、画家の諏訪敦さんがエクリの新刊「みどりのみち ひかりのはな」を紹介してくださいました。
武蔵ワイナリーへ
小川町の有機農法の葡萄園「武蔵ワイナリー」へ。日本の山葡萄とワイン用の葡萄を交配させてつくった「小公子」と名付けられた完全無農薬のワインである。葡萄栽培には不向きとされていた小川町の耕作放棄地で2011年に開かれた場所だ。
薔薇色の街―アルメニアの旅
「一人で行くなんて!」と、モスクワの友人に心配されつつ、内心初めての地にわくわくしながらロシアからアルメニアの首都エレバンに向かった。ロシアは、詩人アルセーニー・タルコフスキーのゆかりの人、地を訪ねての再訪であったが、アルメニアに知人はいない。エレバンの街を一人で朝から晩まで歩いた。道を聞いたおばさんに、日本から来ました、と話すと、「まあ、ゲロイーニャ(ロシア語でヒロインつまり女傑という意味)だこと!」と言われた。
鎌倉歩き
久しぶりの鎌倉歩きは祇園山ハイキングコース。登りきると材木座海岸が眼下に。二人して、ヘロヘロで降りきると、途中出会った異国の婦人に「congratulations」と言われてしまった。
チュルリョーニス
上野の西洋美術館でチュルリョーニスを見た。妻はかなり以前から作品を知っていたそうだが、私はこの展覧会を見た次男から初めてその名を聞いた。
勝本みつる展@YAECA HOME STORE
エクリの新刊「みどりのみち ひかりのはな」(勝本みつる:作・著)が出来上がりました。
惹かれるタイトル——本を手に取らせる言葉の力
木林文庫の冊子を作った際、「タイトルに惹かれて」という章を設けました。木に関わる本の中から『樹のうえで猫がみている』『木々は八月に何をするのか』、武満徹の『樹の鏡、草原の鏡』の三冊を挙げています。今回は木に限らず、私が惹かれてきた本のタイトルについてお話しします。
新刊のお知らせ——「みどりのみち ひかりのはな」
エクリで出版してきた書籍は、どの本も企画段階から完成まで、長い時間がかけてきました。 「みどりのみち ひかりのはな」も発案は十数年前です。
印刷立ち合い
間もなくエクリから上梓する書籍の印刷立ち合い中。
And so Ad Infinitum
表参道の「GALLERY SAOH & TOMOS」で足立涼子さんの「And so Ad Infinitum」を見た。 菜園の野菜の葉を食べる虫の食痕に想を得て、カレルチャペックの戯曲「虫の生活」を呼び込んだ発想が面白い。母音だけを好んで食べるという虫が這いまわった本の頁は奇妙な軌跡を残している。騒乱の時代は母音ばかりが増殖するのかもしれない。 十年以上前に見て、揺り動かされた作品が展示されていたのも嬉しい。
右手(うて)——ミツマタの里へ
三月の出張木林文庫の出展先である「森の展示室」の会場となった岡山県美作の右手(うて)地区は、和紙の原料となるミツマタの里であり、木地師の地だそうだ。 木林文庫コラムの挿絵を担当している石川丘子は、木版作家なので和紙はいつも傍らにある。彼女の屋外展示はミツマタの花蕾に囲まれた森の中。
ピアノの森
白金高輪のギャラリーで見た、坂本龍一が使ったという雨ざらしのピアノ。コミック「ピアノの森」の始まりのよう。
河津桜
久しぶりの万歩超えの散歩で、西郷山公園の河津桜を見た。少し葉が出始めている。
スイートピー
花すけさんに作ってもらったスイートピーの花束。来週は桃を飾ろう。
エニシダと石の間
フランスに行きたしと初めて思ったのはパリではなかった。何をおいても見に行きたかったのはブルターニュ地方に残るカルナック列石。
奥多摩の展示
コウモリヤの伊藤弘二さんの展示「冬のKoumoriya株式会社3冊の本」展を見に、奥多摩のカフェ「山鴉」へ。店内全体が伊藤ワールド。展覧会名とは裏腹の春の陽気で、コートなしに鳥ノ寓散歩も。
樹上からのプロポーズ——降りられなくなった木登りの話
前回の「木登り本」は、嫉妬に狂った男の話ばかりで重くなってしまいました。今回は大島弓子のコミックから始めて、木登りの本を何冊か紹介したのですが、本の話は蔵書のページに分けて置きました。ここには、その合間に出てきた木登りの思い出を残しておきます。
学芸大学のエスニック「BIJI」と目黒ビール
学芸大学の駅から歩いて5分ほど。私たちの住まいからすぐの場所にある「BIJI」というエスニックレストランで、今日は食事を楽しんでいます。ここは、ベトナム料理を中心とした先駆的なお店で、開店から23年ほど数える地元の名店です。
出版社エクリの30年とシュルレアリスムへの憧憬
2024年は、私たち夫婦が営む出版社「エクリ」が30周年、そして自宅の図書室「木林文庫」が10周年を迎える、節目の年でした。30年というのは編集事務所として始めてからの年数で、最初の本を出してからは20年になります。この節目と、私たちの結婚50周年を記念して、一ヶ月ほどフランスを旅してきました。
カフェゴトーの記録
木林文庫「本と食」の会の第2回目は「カフェゴトーの記録」と「パパがやいたアップルパイ」の二冊にちなんで、カフェゴートーの二種のタルトタタンを。
150歳の夫婦が作る木の図書館「木林文庫」
最初の本を出したのが約二十年前になります。エクリという編集事務所はその十年ほど前からありましたが、しばらくは「木林文庫」という活動をしていたわけではありませんでしたが、何冊目かに長田弘さんの詩と、樹だけを描いている日高理恵子さんの絵を合わせた『空と樹と』という本を作りました。木にかかわる本の最初です。
目黒のローカルフリーペーパー「きんりん」
木林文庫は、単に本を閲覧するだけの場所ではなく、時には「木林座」として映画会を開いたり、「木林バー」としてお酒を楽しんだり、あるいは「木林食堂」として料理教室を開いたりと、様々な試みを行ってきました。過去には中東料理のタジンやカレーの教室を開催したこともあります。
学芸大学カフェ「コーヒーカロ」にて
先日まで一ヶ月ほどフランスに滞在していましたが、帰国して改めて感じるのは「町にオープンカフェが少ない」ということです。あちらでは昼時や夕方になると、表に出された椅子がほとんど埋まり、人々が熱心に語り合っています。
京都日帰り
京都の恵文社一乗寺店へ。エクリコーナーを作ってくださり、とても嬉しい。「山の家クヌルプ」も数ヶ所に置かれていた。
残したい場所と人の、記録
トークショーに参加します。
78
78歳を迎えた(私は数日先だけど)祝い甲斐はおでん鍋。ご同慶。
岡山県美作の「森の展示室」に参加します
美作市右手地区でアートイベントに木林文庫が参加致します。(出張木林文庫)
虚無への供物
新年の定例コース。目黒不動尊>>甘酒>>目黒五十番の肉まん
ラストサムライ (3/3)
三代隔てれば血脈の痕跡は消えるともいうが、どうなのだろう。いずれにしても、世が世でなくて幸いではあった。泣き虫長じて中学生になって読み出したギリシャ神話は盛大に流される血に喉てて読み進むことができなかった。文字のなかとはいえ貧血気味の柔弱者たるぼくは血の腥いに耐えられなかったのだ。
つぐ mina perhonen
世田谷美術館で「つぐ mina perhonen」展を見た。 私たちは長い間ファッションとは無縁の日々だったが、縁あって皆川明さんの仕事を知り、遅ればせながらその魅力に触れているところなので、豊かな回遊を堪能してきた。
biji
「ぼくの体はbijiでできている」と言ったのは、「きんりん」十号で紹介した「花すけ」の高橋健治郎さんである。 花屋さんたるもの、冬の凍える水にも、夏の頻繁な水替えにも負けぬ丈夫な体をもって、いつも大らかに笑っていなければならない。この彼をつくる、美味しくて栄養バランスも申し分なく、飽きがこず値段もリーズナブルな理想の食堂がbijiというわけだ。
ショーマッカー
長い間、美味しいパンといえばフランスのパンだった。住んでいたパリの五階の部屋から通りに出て、十メートル先の角を曲がり二件目のところにパン屋があった。螺旋階段の乗降を含めて約七分。薬缶の底にびっしりこびりついてしまう石灰のせいで味が締まるのだと言われたネスカフェと買いたてのバゲットが朝食だった。秋冬には窓の外で冷やしているバターを塗った。その繰り返しに飽きることはなかった。
花すけ
遠い花の記憶は月見草だ。
BAR LAMB
はじめて入ったそのバーはとても暗かった。「いらっしゃいませ」という声のありかもおぼろだった。街路より店の中の方が暗いのである。学芸大学東口商店街を駅から五十メートルほど進み、路地を折れてすぐのバー。二頭の羊とBAR LAMBの文字が古びた灰色の木戸にあるのを見つけ、引き寄せられて階段を上がってきたのだ。
流浪堂
「いい古書店のある街がいい街だとおもう」(『感受性の領分』)という詩人長田弘の言葉から、わが街の話をはじめよう。
ブックエンド
「北欧、暮らしの道具店」掲載
「北欧、暮らしの道具店」さんが木林文庫を紹介して下さいました。以下のURLに掲載されていますので、ご覧いただけましたら嬉しいです。 よろしくお願い致します。
Robert Coutelas: In Search of Small Gods(ロベール・クートラス展アーカイブ写真)
パリの夜を歩き、拾った段ボールに小さな宇宙を描き続けたロベール・クートラス。 《Mes nuits》は、孤独と自由の中で紡がれた“掌の絵画”です。
ラストサムライ (2/3)
奇跡的に生還したサムライ、デンパチローは酒とともに無為に生きたらしい。生活のため下駄屋を始めた曾祖母に「サムライが履物など扱えるか」と言い続けたという。しかし元サムライの妻の商法は成功したようだ。
君は何も見ていない
盛岡と仙台の書店訪問に合わせて、花巻の高村光太郎記念館へ。佐喜世の母は光太郎に私淑しており、手紙の返事を貰っていたくらいである。「母を連れてきたかったな」と言いつつ、氷雨の合間を縫って敷地を歩き回っていた。
オリーブの小道で
オリーブ関連の本を引っ張り出している中で選んだ「オリーブの小道で」(今江祥智・宇野亞喜良)。この作品が一昨日見たルイジ・ギッリの写真展で印象深かったモランディに関わるものだった。
ラストサムライ (1/3)
数十年ぶりに脚光を浴びることとなったジョージ・オーウェルに呼ばれて、あの人のことを思い出した。 センバ・デンパチロー・タダマサ。
ルイジ・ギッリ
展示最終日に、ルイジ・ギッリの写真展に滑り込んだ。モランディのアトリエで撮影された一連の作品に見入ってしまったが、家人曰く。「私たちはモランディが好きだから、画集を眺めるように、写真に撮られた彼の絵を見ているのではないかしら」と。
空間と、自然光と、絵と
多摩美術大学八王子キャンパスのアートテークギャラリーで、日高理恵子さんの退任展「空間と、自然光と、絵と」を見た。
SAOH
表参道のギャラリーSAOH(砂翁)で石川丘子の木版作品を見た。
数十年
東京都現代美術館の岡崎乾二郎展へ。 最初期の型紙からつくられた立体作品に、我が街「たかばん」の名がついていた。
楢橋國武遺品のネガより
次男に薦められて神谷町のギャラリーPGIで「楢橋國武遺品のネガより 楢橋朝子作品展」を見た。写されているのは1961年当時のソ連、東欧、中国である。保存状態が劣悪であるため、どの写真も紗が掛かかったようにぼやけており、それ故検閲密告に覆われていたスターリンの亡霊が感じられてくる。
私はポプラが好きなのだ
「私はポプラの葉っぱが大好きなのだ・・・そして私はポプラの落ち葉が大好きなのだ」とシュールレアリスム運動の総帥だったアンドレ・ブルトンが「水の空気」と題する詩の中に書いている。ポプラ並木と「ゆらゆらと日まわりのようにゆらめく」と書かれたサン・ジャックの塔と、ブルトンがナジャに出会ったラファイエット街が、我がパリの巡礼地だった。若気の・・・としか言いようがないけれど、ポプラはいつでも美しかった。綿毛の頃も、「ダナエ―の金貨」のような落葉の頃も。
宇宙の青で — ライラック
> 逢瀬の一瞬一瞬を > 僕らは祝福した、まるで神の顕現のように、 > 世界にただ二人きりで。君は > 鳥の羽よりも大胆で軽やかだった、 > 階段を、まるでめまいのように、 > 一段飛ばしで駆けおり、そして導いてくれたのだ、 > 濡れたライラックの茂みを抜け、自らの領地へと、 > 鏡のガラスの向こう側の。 ——アルセーニイ・タルコフスキー「はじめの頃の逢瀬」 これはアンドレイ・タルコフスキー監督の作品「鏡」で朗読された、監督の父アルセーニイの詩「はじめの頃の逢瀬」だ。
もっともっと、りんご
パリ近郊のシャルトルで開催されているロベール・クートラスの回顧展を見るために、短期間、渡欧した。三年前にエクリから出版したクートラスの作品集『僕の夜』ではカルトと呼ばれる手札カードを原寸大で掲載したが、シャルトルの展覧会にはカルトやテラコッタとともにグワッシュが多数展示されていて、この画家の奥深さに改めて魅了された。いずれ、グワッシュ群も含めた作品集を刊行したいという思いを強くしている。
悲しい木
## 『山へ行く』
森へなんか行かない
## 『もう森へなんか行かない』
バーナムの森の樹が
―― マクベスはけっして滅びはせぬ。かのバーナムの森の樹がダンシネーンの丘に立つ彼に向かってくるまでは。
二つの密林――翻訳長編小説(2)
「血があり、火が、そしてヤシの煙の樹が」という言葉が旧約聖書のヨエル書にあるそうだ。
木を植える人たち
6,7年前のことになるが、夫婦でテレビ番組の制作をしている友人から「面白い人を撮ったので、ぜひ見て欲しい」と連絡を受けた。
ロシアの森② 森は創造の泉
森の詩人プリーシヴィンの作品に導かれるようにして、ロシアの自然、森を創造の泉とした作家、詩人、音楽家、画家たちの、ロシアの森への憧憬を辿ることになった。
ロシアの森① 自然詩人の豊かな日々
副題の「森の詩人の生物気候学」という耳慣れない言葉を目にして、初めてプリーシヴィンの作品を手に取った。
口をきく木をみつけたら
木の声を聞こう、との呼びかけはしばしば耳にするけれど、口をきく木が登場する本はあまり見当たらないようだ。
樹のお医者さん
「たいていの人は、桜をみるのは1年のうちで、満開のときの3~5日とちゃいますか」と京都の植木職人、16代目の佐野藤右衛門翁は言う。
バオバブは夢の樹
U2のCDアルバム「ヨシュア・ツリー」のジャケットに使われているユッカの樹の写真を目にしたとき、バオバブの樹を連想した。どちらもユーモラスでありながら悪魔的にも見える変な樹だ。
和から洋へ ―翻訳長編小説
時代小説の次は海外ものに目を向けてみたい。
時代小説の木は何処
前回の「柿」で、時代物を一冊取り上げたが、木が書名になっている時代小説は意外に少ないようだ。手元にあるのは『静かな木』(藤沢周平著)、『白樫の樹の下で』(青山文平著)、『椿と花水木』(津本陽著)、『樅の木は残った』(山本周五郎著)の四冊だけである。
柿の木のあった家
父が建て直す前のわが家の庭には三本の柿の木があった。ふだんほとんど閉め切っている二階の雨戸が開け放たれていた朝の、目の前に広がったやわらかな緑の輝きをいまでも思い出す。柿の青葉の瑞々しさは根元から見上げていたのとはまったく別物で、緑光の中に屋根から身を投げ出したくなるほどだった。小学校四年生の頃のことだ。
木にのぼる
## 『木のぼり男爵』
木林文庫ができるまで
「木林文庫」としてecritの事務所内に図書コーナーをつくり始めたのが2014年だったので、昨2024年が10年の節目。
タイトルに惹かれて
## 『樹の鏡、草原の鏡』
リンゴ、りんご、林檎
エクリ所蔵の「樹」の本でいちばん数が多いのは、書名に「りんご」と入った本だ。とりわけ絵本が多い。『王さまのリンゴの木』『おばけリンゴ』『エレンのリンゴの木』『えんやら りんごの木』『ひめりんごの木の下で』『りんごのえほん』『リンゴの木』『りんごの木』『りんごのきにこぶたがなったら』『りんごの木を植えた男 ジョニー・アップルシード』の10冊が絵本。