惹かれるタイトル——本を手に取らせる言葉の力

木林文庫の冊子を作った際、「タイトルに惹かれて」という章を設けました。木に関わる本の中から『樹のうえで猫がみている』『木々は八月に何をするのか』、武満徹の『樹の鏡、草原の鏡』の三冊を挙げています。今回は木に限らず、私が惹かれてきた本のタイトルについてお話しします。

技巧なき完成——夏目漱石のタイトル

本棚を見渡してみると、やはり漱石のタイトルには唸らされます。一見すると技巧がないようでいて、びしっと決まっている。『彼岸過迄』『野分』、三部作の『三四郎』『門』——どれも一つとして替えが効かないタイトルです。『野分』などは、なかなか付けられるものではありません。先日お話しした『夢十夜』も、実に良いタイトルだと思います。

トーマス・マンの『魔の山』も同様です。短いタイトルでありながら、サナトリウム(療養所)という舞台を見事に表現しています。シンプルでありながら、作品の本質を捉えた良いタイトルです。

言葉の意味を追う物語——楳図かずお『イアラ』

タイトルの意味が分からないからこそ、その言葉を探ることが物語の推進力になる——そんな作品もあります。楳図かずおのコミック『イアラ』がまさにそれです。

物語は奈良時代、村娘と恋仲にある男がいるところから始まります。その娘が大仏を鋳造する際、人柱として立たされてしまう。焼けた銅が背後から流れてくる瞬間、彼女は「イアラ」と大きな声で叫びます。

その言葉の意味を探り当てたい——その情熱ゆえに、男は永遠の命を持ってしまいます。千利休の時代を生き、現代を経て、ついには未来にまで至る。最後の最後に「ああ、これはこういう意味だったのか」と発見する、その答えがまた染み入るような結末です。

楳図かずおはキャラクターとしてはふざけてばかりいるような人ですが、初期の作品は本当に素晴らしい。『漂流教室』もタイトルを含めて傑作です。

飲みたくなる言葉——中島らも『今夜すべてのバーで』

亡くなってしまいましたが、中島らもという作家がいました。お酒が大好きで、まさにそのままのタイトル『今夜すべてのバーで』。お酒を飲まない人でも、素敵なバーの明かりが見えれば「ちょっと入りたくなる」——そんな気持ちを見事に表現した良いタイトルだと思います。

詩的な広がり——大岡信『遊星の寝返りの下で』

大岡信さんの詩集『遊星の寝返りの下で』は、加納光於の作品が装丁に使われた贅沢な一冊です。シュルレアリスム宣言に「手術台の上のミシンとこうもり傘」という有名な比喩がありますが、「遊星の寝返りの下で」はそれよりもずっとダイナミックで広がりがあります。なかなか付けられないタイトルです。

壁に刻まれた言葉——パリ五月革命の記録

『壁は語る(Les Murs ont la Parole)』というフランス語の本があります。1968年、パリの学生街カルチエ・ラタンを中心に起こった「五月革命」の記録です。

学生たちはあらゆる壁にスローガンを書いていきました。騒動が終われば消されてしまうそれらの言葉を、ブザンソンという人物が写真とともに記録したのがこの本です。サルトルも参加していました。

最も有名になった言葉は「敷石を剥ぐと、その下は砂浜だ」。当時、学生たちはパリ中の敷石を剥がして投石にしていました。敷石の下には砂が敷かれている——その事実を詩的に表現した言葉が、後々まで残ることになりました。

「想像力が権力を奪う」「自由の敵に自由を渡すな」——まさに壁は語っていたのです。

タイトルのパロディ——『女には向かない職業』

P.D.ジェイムズという女性作家が書いた推理小説『女には向かない職業』。探偵という危険な仕事は女性には向かない、という意味で付けられたタイトルです。今では使いにくい表現かもしれませんが、差別的な意図で書かれたものではありません。

これをパロディにしたのが、いしいひさいちさんのコミック『女には向かない職業』。主人公は学校の先生なのですが、すぐ授業をサボって寝てしまったり、自分の小説を書くのに夢中だったり。とにかくちゃらんぽらんだけれど憎めない——「先生には向かない」という意味も込められた、タイトル自体のパロディです。

ロシア・アヴァンギャルドの装丁——安彦良和『虹色のトロツキー』

ロシア革命後、スターリンとの権力闘争に敗れてメキシコに亡命したトロツキー。「暗殺者のメロディ」という映画ではアラン・ドロンが暗殺者を演じていました。

安彦良和の漫画『虹色のトロツキー』は、トロツキーが日本人との間に産ませた子どもがいるという架空の設定で物語が展開します。「虹色のトロツキー」というタイトルも素晴らしいですが、装丁がまた魅力的です。ロシア・アヴァンギャルド風のデザインで、一冊一冊並べても絵になります。

八巻まで出ていますが、実はまだ未完。安彦さんは私と同い年くらいだと思うので、早く続きを描いてほしいと願っています。

主人公の名前を織り込む——筒井康隆『愛のひだりがわ』

筒井康隆さんの『愛のひだりがわ』。なぜ「左側」なのかというと、主人公の女の子「愛」さんは左手が不自由なのです。父親が家出してしまい、苦労しながら成長した彼女が、なぜ父が去ったのかを探しに行く物語。助っ人になるのは一匹の犬で、一緒にあちこちを訪ねていきます。

筒井さんはいろんなジャンルのパロディも書いていますが、これはなかなか素敵な、少女が主人公の染み入るような小説です。


今回触れた主な本・作家

- 夏目漱石『彼岸過迄』『野分』『三四郎』『門』『夢十夜』
- トーマス・マン『魔の山』
- 楳図かずお『イアラ』『漂流教室』
- 中島らも『今夜すべてのバーで』
- 大岡信『遊星の寝返りの下で』(装丁:加納光於)
- ブザンソン『壁は語る(Les Murs ont la Parole)』
- P.D.ジェイムズ『女には向かない職業』
- いしいひさいち『女には向かない職業』
- 安彦良和『虹色のトロツキー』
- 筒井康隆『愛のひだりがわ』


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