アレクサンドリア四重奏

The Alexandria Quartet

ロレンス・ダレル 高松雄一訳

ロレンス・ダレル『アレクサンドリア四重奏』高松雄一訳。クレア、バルタザールほか四巻。金の蛇の箔押し

私が読んだ長編は、ロレンス・ダレルの『アレクサンドリア四重奏』——アレクサンドリア四部作です。一冊一冊に主人公の名前が出ていて、ジュスティーヌ、バルタザール、マウントオリーブ、クレア。エジプトのアレクサンドリアを舞台にした物語です。

アレクサンドリアはプトレマイオスが作った巨大な図書館があった街で、昔から国際的な文化都市でした。シーザーの時代に火事で焼失してしまう図書館です。語り手はダーリーという小説家志望の青年で、仲間たちとの交流、恋愛も陰謀もある、非常に重層的な物語。文字通り四重奏です。

パリで出会ったエジプト人の留学生に、この小説が素晴らしいのでアレクサンドリアに行ってみたいと話したら、「その小説に出てくるアレクサンドリアは、今のアレクサンドリアにはないよ」と言われました。そんな町ではなくなってしまった、と。

四つの物語が次元を交錯させて描く、という構想で書かれたと言われます。四巻目の最後も印象的です。「世界が始まって以来、あらゆる物語作者はこの言葉を持って聴衆の注意を引くために己の数ならぬ存在をかけてきた。それは成年に達した芸術家という昔ながらの物語を予告しているに過ぎぬ言葉だ。僕は書いた——昔ある時、全宇宙が親しげに僕を小突いたような気がした」。

once upon a time、フランス語なら il était une fois、日本語なら「むかしむかしあるところに」。どこの国でもそういう表現で長編を始めるんですね。

これを一生懸命読んでいた頃、シナリオ学校に行っていて、その素晴らしさを先生に語ったら、「君が今読むべきものはそういう本ではなくて、フォークナーと平家物語だぞ」と言われたのを覚えています。ダレルの絢爛たるものとは全く違って、フォークナーはアメリカ南部の暑苦しい話ですから、ただただ美しいものばかり追っかけているな、ということを言ったのだと思います。

四重奏のうち『ジュスティーヌ』だけが映画化されていて、娼婦の役をアンナ・カリーナがやったので、彼女が好きだった私はクラスメートを誘って観に行きました。ところが私の拙いフランス語でも全然面白くないと感じて、一緒に行ったメキシコ人も「お前が誘ったけど全然面白くないじゃないか、出ようぜ」と言うので、いくらも観ずに出てしまった。どういう出来の映画だったかは分からずじまいです。

この三冊は内容も長さもランダムです。『夢十夜』は短編、『日々の泡』は中編、『アレクサンドリア四重奏』は四巻の長編。短・中・長と基準を設けたわけではないのですが、自ずとそうなりました。

木林文庫チャンネル「愛読書3選」

同・別カット

この本と結びついている本

地中の男ロス・マクドナルド

シナリオ学校の先生に「フォークナーと平家物語を読め」と言われた場面。第66回では、その先生が田村孟で、フォークナーの『アブサロム、アブサロム!』を勧められたことがロス・マクドナルドを読み始めるきっかけになった、と語られている