先日コンピューターのある部屋で本箱を見ていたら、目の前にカフカの本を並べた棚がありました。意外にたくさん持っているんだなと思って、改めて引っ張り出してみたら、これだけありました。多分これで全部だと思います。一番カフカを読んだのは高校から大学の時です。
カフカを深く読んだのは映像学校の時で、先生が二冊薦めてくれました。一冊がヤノーホの『カフカとの対話』。青年時代にカフカに教えをこいに行く話です。カフカはお役人だったので、その合間を縫ってしょっちゅう訪ねていく。先生がこれを薦めたのは、私もしょっちゅう先生のところへ映画や文学の話をしに行っていたので、「君と自分との関係はこれに近いよ」というニュアンスもあったのだと思います。
『変身』についてカフカと話す場面があります。「小説の主人公はザムザと言います。この発音はカフカの符牒のようです。どちらも五文字で、ザムザのSはカフカのKと同じ場所です」。カフカは遮って、「符牒ではありません。ザムザは余すところなくカフカというわけではありません。『変身』は告白じゃない。もっとも、ある意味で口が軽かったとは言えますが。自分の家庭の南京虫について語るのは、果たして上品で口が堅いことでしょうか」。
「『変身』は恐ろしい夢です、恐ろしい観念です」とヤノーホが言うと、カフカは立ち止まってこう答えます。「夢は現実を暴くけれども、その背後に観念は残るのです。これが生活における恐怖、芸術における震撼です。しかし私はもう帰らねばなりません」。そそくさと別れを告げる。
カフカはナチズムの台頭の前に亡くなっていますが、作品はナチズムを予感していると言われます。左翼のデモ隊に行き合った時の会話があります。「この人たちは自負と自信に満ちて揚々としています。街路を制圧しているので世界を制圧していると思っていますが、本当は思い違いだ。彼らの背後にすでに書記官が、官吏が、職業政治家が、あらゆる現代のサルタンたちが覗いている。彼らはその権力への道を開いてやっているのです」。
「大衆の力をお信じにならないのですか」——「私にはそれが見えるのです。見かけは奔放な大衆の力というものが、それは飼いならされ型にはめられることを望んでいます。真の革命の展開が終わるところに、常に一人のナポレオン・ボナパルトが現れるのです」。「洪水が広がるほど水は浅く濁っていきます。革命の洪水が干上がると、あとに残るものは新しい官僚主義のぬかるみに過ぎないのです。人類を苛む足枷は、官庁の書類でできています」。まさにスターリニズムであり、ナチズムの予言的な対話です。
木林文庫チャンネル「カフカと夢」


