カラマーゾフの兄弟

ドストエフスキー

少し前に「図書館長の三冊」をやった時、私は長編だから後ほど、と言いました。それほど長編を読んでいるわけではないのですが、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』とプルーストの『失われた時を求めて』を二回読んだと言ったので、長編が好きだと思われたのかもしれません。

十代で大病をして、入院が長かったんです。ネフローゼ症候群で絶対安静だったので本も読んではいけなくて、両親が書見台——頭の下から出てきてページをめくるだけはできるもの——を買ってきてくれました。築地の聖路加病院で、小児病棟は十五歳までだったので、十六歳の私はぎりぎり入れなかった。大人に囲まれて、亡くなる方もいて、静かで寂しかった。

看護婦さんやお医者さんや友人が本をたくさん持ってきてくれるのですが、重い本は駄目なので、書見台で毎日毎日読んでいました。長い、経たない時間を、本を読むことで経たせていたのかなと今は思います。もともと長い本が好きだったわけではなく、そういう条件の中でだんだん好きになったのでしょう。長い時間をかけて何かすることが好きになったのかもしれません。

最初に看護婦さんがくださったのが『カラマーゾフの兄弟』でした。看護師さんがカラマーゾフをくれるというのもすごい話ですが、いただくものをずっと読んでいて、その時に時間をかけて読む楽しさを知りました。十六歳です。

研究者でも何でもないので論じることはできませんが、読んでいると、ドストエフスキーは言葉が次から次からすごい。十九世紀の生活も宗教も哲学も、めくるめくような流れの中に別世界がある。十九世紀のロシアの町を彷徨っているような感覚で、ずっと時間を潰していました。

あの酷い親と三兄弟です。熱しやすい長男、クールな次男、優しい宗教家のアリョーシャという三男。ドロドロしていて、そこに私生児がいて、それが親をころす。とても非現実的な話なのですが。

十年ほど前、スベトラーナ・ガイヤーという、ロシア文学をドイツ語に訳す女性の翻訳家を撮ったドキュメンタリーを観ました。八十四歳くらいの方です。母の介護の真っ最中だったので諦めていたのですが、仙台で上映されると息子が教えてくれて、「僕たちがおばあちゃんを見るから絶対行った方がいい」と言ってくれた。皆に託して行きました。

この人はスターリン時代に父を粛清で亡くし、ウクライナのキエフで生まれた。ナチスが入ってきた時、母が「ドイツ語とフランス語をやりなさい」と勧めてくれていたので堪能で、仕方なく通訳をする。素晴らしい通訳だったのでゲシュタポの将校がドイツ留学を約束し、ナチスが引き上げた後にドイツの大学で学び始める。最終的にロシア文学をドイツ語に訳す。恩返し的な気持ちもあったのでしょう。

邦題は『ドストエフスキーと愛に生きる』ですが、原題は The Woman with the 5 Elephants——五頭の象と共に生きる女性です。その五頭が『罪と罰』『未成年』『悪霊』『白痴』『カラマーゾフの兄弟』。それを一人で訳した。なぜ象なのかは、巨大だという意味かもしれないし、鼻をあげて上を向くという意味もあるらしい。

翻訳について、とても共感したところがあります。文章のテキストと織物のテキスタイルは、同じラテン語の「織る」が語源なんだそうです。布は一本一本の糸が絡み合って織り重なっている。でも洗濯したら一本一本ほどけて方向性を失う。元の方向に戻すことが大事なのよ、と。映画の中では、真っ白いリネンのブラウスに丁寧にアイロンを掛けたり、古い細かいレース網を丁寧に畳んだりする場面が出てきます。

彼女の言葉を読んでみます。——人はなぜ翻訳するのか。きっと、流れ去っていくものへの憧れかもしれない。手の届かぬオリジナルを、究極の本質を求めること。——途方もない言葉ですね。「憧れ」。なんて素敵な言葉かしら、と話しながら紅茶を飲む。

訳したものを、側にいるおじいちゃんに読んでもらうんです。声に出してもらうと「これはちょっとおかしいんじゃない?」と言われる。声に出すのが肝心だとよく言いますが、本当にそうなんだなと。この方は八十四、五で亡くなりました。本当にこれを観られて良かったと思います。

木林文庫チャンネル「副館長の愛読長編(前編)」

この本と結びついている本

チェーホフの庭小林清美

ドストエフスキーとチェーホフは同時代で、館長は薔薇の回で「チェーホフはトルストイのようにスケールの大きいモラルではなく、ドストエフスキーのような心理的葛藤とも全く逆」と話している