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モスクワの古書店の後、何軒か周りました。ちょうど昼休みでどうしようかなと思ったけれど、ダメ元でピンポンしたら、若い女性が二人出てきてくれて、どうぞどうぞ、ようこそって。ロシアは時間が来るとバシャっと閉めると聞いていたから、その真逆でした。
ロシア語で木は дерево。副題が「スラブの建築彫刻における木」で、木造建築や木彫、木のスプーンといったものが論じられています。木の教会、木で作った民芸品、室内の調度。昔の揺り籠から棺桶まで、生活必需品をすべて木で作っていたということですね。
ロシアも森の民ですから、森の悪魔がいます。レーシー——ロシア語で「レース」が森という意味です——は森の妖怪、森の精霊で、両頬が青みがかっている。彼の血が青い色をしているんですね。緑の飛び出した眼と密生した眉毛を持って、緑の長い髭をたくわえて、足は鶏の足のよう。
バーバ・ヤガーって聞いたことありますか。鶏の足の上にログハウスを乗せて、臼に乗って飛ぶという、すごい妖怪です。日本語にするとお婆ちゃんという感じですが、バーバはお婆ちゃんですからそのままですね。これはすごく悪い。
チェーホフの『ワーニャ伯父さん』という戯曲がありますが、あれは元は『レーシー』——森の主、森の精霊というタイトルで最初に書かれたものを改作したのだそうです。レーシーだとひねり過ぎている感じがあったのでしょうか。
訳者が付けたタイトル、『ロシアの自然誌』の原題は「ロシアの暦」。ロシア関係の本を読むにあたって、ロシアの季節を巡る自然―樹や花や草、動物の生態を知識として持ちたい、という動機からだったが、森と水の詩人、プリーシヴィンがいざなうロシアの大自然に一気に惹きこまれ、ロシアの森の涼気のなかで、酷暑の夏をしばし忘れた。
ゴーリキーはプリーシヴィンについて「あれはね、生活じゃない、聖者伝そのものなんだ」と言ったという。
処女作『森と水と日の照る夜-北ロシア民俗紀行』(原題「愕かざる鳥たちの国」)を世に送ったことにより、北方は作家、詩人プリーシヴィンの揺籃の地となったのである。
ロシア文学者、詩人である訳者、太田正一が、プリーシヴィンへのオマージュとして膨大な日記類から編訳した『森の手帖』には、森のロシアと人々の暮らしと生涯共にした詩人のポエジーが凝縮されている。
ロシア文学者、木村浩の『ロシアの森』は、愛するロシアの風景の中に、きら星のごとき芸術家たちへの崇敬ともいうべき思いが溢れるエッセイ集だ。
エッセイ『森のロシア 野のロシア』は、ロシアの自然を詠った作家たち8人についての物語である。
北方ロシアは、中世ロシアの伝統を伝える木造建築の宝庫である。『木の家』は、白海を臨むカレリア地方のオネガ湖に浮かぶ、キージという島の、300年前の木造教会や民家を訪ねた写真集である。
うちがアルセーニイ・タルコフスキー詩集『白い、白い日』を出したすぐ後に朗読会をやりました。ロシア語で読んでもらって、日本語も達者なロシアルーツの方で、歌手だったから声が素晴らしく、リズム感もあって、読む力が抜群でした。三十分ほどずっとロシア語でタルコフスキーの詩を、いくつもいくつも読んでいただいた。
ロシアへ行った時に買ってきた画集です。この中のライラックの絵に惹かれました。
ヴルーベリの挿画による『デーモン』をエクリで出しました。ロシアへ行った時にヴルーベリの画集を買ってきて、『デーモン』を出すときはもちろんデーモンの絵なのですが、その前にとても惹かれたのがライラックの絵でした。一人の女性が座っていて、ライラックの花に囲まれている。
『白い、白い日』のためには、タルコフスキーの妹さんに、その本を出す許可を得るために行きました。「アルセーニイ(タルコフスキー)を出すよ」という話をしていて、許可はすぐ、喜んでと言って出してくださった。
パリにムフタール街という、有名な市場のある通りがあります。坂道で、狭いけれどもいろんなお店がある。カルチエ・ラタンから比較的近いので、僕らも結構歩きました。その坂の上の方にある、フランス語の教室で教えてもらったお店で見つけました。
うちで出した『ホフマニアーナ』のアンドレイ・タルコフスキーは、父がアルセーニイ・タルコフスキーという詩人です。正式にはアンドレイ・アルセーニエヴィチ・タルコフスキー。ロシアの名前は、ファーストネームとファミリーネームの間に父称が入ります。
モスクワで、古書店が並ぶ通りを友達に教えてもらって、グーグルマップで訪ねました。その頃『葦』とか、うちのエクリの本を出すために、その著者の本を探していたのね。
ロシア語が好きになって、大学は自ずとロシア語学科へ行きました。文学科ではないので、社説や天声人語を日本語からロシア語に訳すようなことをたくさんさせられましたが、チェーホフは短編が多いので、短編を訳す授業もありました。その中に『中二階のある家』があります。
チェーホフの『中二階のある家』のような、ロシアの美しい風景の中で若い女性に心を寄せる話は、ツルゲーネフの『父と子』にもあったでしょうか。ロシア文学にはそういうものがいっぱいあります。
木林文庫では以前、館長が愛読書を三冊挙げる回をやりました。そのとき私は、長編だから後ほど、と言ったのです。それほど長編を読んでいるわけではないのですが、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』とプルーストの『失われた時を求めて』を二回読んだと言ったので、長編が好きだと思われたのかもしれません。
これがドストエフスキー全集です。ロシア語で読みたいと思って、一冊ずつお小遣いを貯めて買いました。1971年に出始めて、ちょうど大学に入った頃です。全30巻を長い時間をかけて揃えました。
好きなのはトルストイなんです。『戦争と平和』は訳を代えて読んだりもしました。ドストエフスキーとほぼ同時代で、チェーホフ、ツルゲーネフと一塊ですね。
パステルナークの『ドクトル・ジバゴ』はノーベル賞を受けましたが、反祖国的と言われて辞退させられました。最初の翻訳はあまり良くないという話があって、後に改訳されています。うちで出したアルセーニイも同じ時代に、神秘的すぎるといった理由で出せなかったりした。
「おだんごパン」と同じ話が、「パンぼうや」という名前でも出ています。マーシャ・ブラウンが再話したものだと思います。同じ話なのですが、最後がオオカミに変わっている。いくつか版があるようです。孫もここに来ると林檎のコーナーへ行って、必ず同じ本を取ります。話は繰り返しでも飽きないんですね。
レールモントフの小さな詩『葦』もうちで出しました。宇野亜喜良さんの絵で。不遇で亡くなったところに葦が生えて、それが葦笛となり、ある漁師が葦笛を作って吹いてみると、亡くなった女性の声で語り出す。呼び起こすということですね。
ロシア語学科を出て、最初の就職先がロシア・ソ連の絵画を輸出入する画廊でした。学芸室があって、向こうから来る資料や画家の文章を翻訳したり、画家が来ると通訳したりする仕事です。
エクリで『デーモン』を出す時にトレチャコフ美術館へ行ったら、研究員の友人が「ヴルーベリならここに全部書いてあるわよ」と言って、美術館の地下の図書コーナーにだーっと並んでいる百科事典の中の、ヴルーベリの項というその巻をくださったんです。
子どもにせがまれて読んだ絵本は、ロシア語のものが2、3冊しかありません。その一つがこの「おだんごパン」です。ロシア語ではコロボック。おじいさんとおばあさんが丸いパンを作ると、コロボック、コロボックとリズムよく転がって逃げていく。いろんな動物に食べられそうになっては、またね、と逃げていって、最後はキツネがオオカミの鼻の上に乗せて、素晴らしいと言ってパクリと食べてしまう。可愛らしいお話です。子どもたちは喜んでいました。