アンドレイ・ルブリョフ

Андрей Рублев

М. アルパートフ 石川佐喜世 ほか訳 美術出版社

翻訳の原稿。右はロシア語の原著 М. Алпатов『Андрей Рублев』。副館長がパリで訳していたもの

ロシア語学科を出て、最初の就職先がロシア・ソ連の絵画を輸出入する画廊でした。学芸室があって、向こうから来る資料や画家の文章を翻訳したり、画家が来ると通訳したりする仕事です。

日本から山種美術館の絵を持っていって、モスクワのプーシキン美術館、レニングラードのロシア美術館、キエフ美術館という国立の美術館で飾りました。三か月ずつ各地で展覧会をした。日本の絵は向こうではエキゾチックで好評でしたし、こちらでもロシア絵画はすごい人気だった。

その仕事で、ロシアのイコンを日本で展覧会しましょうという企画があって、付いてきた研究者が、何度も登場しているガリーナ・シドレンコさん——トレチャコフ美術館の研究者です。

学芸室長がトレチャコフ美術館に一年間留学していて繋がりがあったので、ロシアで一番有名なイコンの画家アンドレイ・ルブリョフのこの本を、同僚三人で共訳しましょうということになりました。美術出版社から出た本です。

途中で会社を辞めてパリへ行った時も、これを一生懸命訳していました。パリで訳していたんです。日本に帰ってきてこの本になった。校正の時は真怜をおんぶして大変でした。おんぶしながら森清さんと校正した。あの頃が一番——若かったんですね。三十歳ですから。

イコンはビザンチンからロシアに入ってきたギリシャ正教の板絵で、板にテンペラで描きます。キリスト教は偶像が駄目でしたが、これは天国への窓だという位置づけで許されている。ロシアはもともと自然の中に神がいるような異教の世界だったので、そこにキリスト教が入って全部が渾然となった。

988年、キエフのウラジーミル1世がロシア正教を受容する時のエピソードがあります。キリスト教かカトリックかイスラムか。イスラムは豚と酒が駄目だというので、ロシア人に酒がないなんてと却下。カトリックは教皇が政治に関わるから、私の権力がなくなると却下。ギリシャ正教の教会はイコンがきらきらあって僧侶の装束も素晴らしいので、これは天国のようだと言って決めた。

イコンにはカノンという決まりがあって、それに則って画僧——僧侶の画家が描きます。画僧は本来無名なのですが、ルブリョフは突出していたのでしょう。師だったギリシャ人のフェオファン・グレクや、弟子のディオニーシイなど、いくつか名前は残っています。

ルブリョフを観た後、この人はどういうモチベーションでイコンを描いたんだろうと思って、自分でも描いてみたくなりました。教えてくれるところを探しに探したら教室があって、鞠安日出子さんという先生に習いました。テンペラで、卵を油で溶いて、金箔を溶いて、すごく大変でした。半年ほどかけて聖三位一体とウラジーミルの聖母、それにキリストの顔を描きました。

ウラジーミルという地方都市に一人で行ったことがあります。ロシアの風景は、川があって平原があって、遠くに玉葱型のギリシャ正教の教会が見える。そこを目指して行くんです。ウスペンスキー寺院にルブリョフの大きなフレスコ画があって、天井にも天使がいっぱい描いてあって、まだ色も残っていました。

今度はフレスコを描いてみたいと思って、実さんの友人がフレスコ教室を紹介してくれました。セメントを練るので本当に肉体労働です。フレスコはフレッシュから来ているとおり、乾く前に急いで描かなければいけない。でも乾いたら全部削り直して、また描く。一個一個は速いのに、長い時間をかけて描くことになる。

先生のところでフラ・アンジェリコの受胎告知を絶対に描きたいと言ったら、「それはそれは」という感じだったのですが、行くたびに言っていたら根負けして描かせてくれました。マリアの顔がちょっと——天使の方が良いお顔かもしれません。これが描けたのですぐサヨナラして、フレスコ画家のモチベーションは分かりました。納得はしていませんが。

中世がいいなと思っているうちに音楽も中世がいいなと辿っていって、バラライカに行き着きました。バラライカ教室に十年通っています。レース編みも刺繍も、長い時間をかけて大きいものを作るのが好きで、全部解いてもう一回、というのが何度もある。確かにテキストを解くには向いているタイプかもしれません。

木林文庫チャンネル「長男をおんぶしながら続けた仕事」

ルブリョフの《三位一体》。左はロシア語版、右は図版
副館長が描いたイコン《ウラジーミルの聖母》。板にテンペラ、金箔。半年かけて描いたもの

この本と結びついている本

ホフマニアーナアンドレイ・タルコフスキー

タルコフスキーが『アンドレイ・ルブリョフ』を映画化している。1969年にカンヌで国際批評家賞を受けたが、ロシアでは歴史の扱い方が問題とされて何年も上映できなかった

Robert Coutelas 1930–1985ロベール・クートラス

イコンの瑠璃色を見て、館長は「うちで出したクートラスの絵にも宗教的なところがある」と話している