ロシアの自然誌

森の詩人の生物気候学

ミハイル・プリーシヴィン 太田正一 パピルス 1991

訳者が付けたタイトル、『ロシアの自然誌』の原題は「ロシアの暦」。ロシア関係の本を読むにあたって、ロシアの季節を巡る自然―樹や花や草、動物の生態を知識として持ちたい、という動機からだったが、森と水の詩人、プリーシヴィンがいざなうロシアの大自然に一気に惹きこまれ、ロシアの森の涼気のなかで、酷暑の夏をしばし忘れた。

ミハイル・プリーシヴィンは、10代には探検のために家を出奔し、その後中学退学、革命サークルに関わり、逮捕、投獄も経験し、その後ライプツィッヒ大学で農学を学んだ。技師や教師として糊口を凌ぐが、33歳でフォークロアの研究者からおとぎ話の採話を託されて北方へ向かった。

はるか昔、古代スラブ人は森と沼沢に覆われた地に住んでいた。初めて成った東スラブ族の国、ルーシ(ロシアの古名)の人々は、10世紀にキリスト教を受容した後も、自然界の不思議な力に神々の霊を見、崇拝し、生活の拠り所としていた。ことに、12世紀からの250年間にわたるタタールモンゴルの攻撃を免れ、中世ロシアの風俗や習慣が純粋なかたちで守り抜かれた北の地は、民衆の魂の故郷、秘境であった。森の精、水の精などが変幻自在に生活の中に生きていた。

プリーシヴィンは、土地の古老と語らい、出会った鳥、獣、植物についてメモを取り、来る日も来る日も日記をつけ、歩く。

「おお、何たる寂漠、なんというこの静けさよ!森、水、そして岩…」と海さながらの森の連なりの中、猟師、語り部や泣き女など名もなき民衆の昔語りに耳をすまし、美しい自然の中の民俗探訪の記録をつづり始める。

館長のコラム「ロシアの森① 自然詩人の豊かな日々」より