チェーホフの庭

小林清美 群像社

小林清美『チェーホフの庭』群像社と、池田健太郎『チェーホフの仕事部屋』新潮選書

チェーホフは「私は文学者にならなかったら、園芸家になったような気がします」といつも言っていました。「私の夢は薔薇を植えて、誰にも会わないで、小さな作品を書くことです」と。

チェーホフは1860年生まれですが、その先の祖父たちは農奴でした。地主に雇われて鞭打たれて働かされる。農奴解放の前に、お金を払って自由人になっている。代々は雑貨屋をやったりして貧乏でしたが、自分の土地を持ちたいというのはずっと夢だった。十何人も子どもがいてすごく貧乏で、上を助けるために小さなアネクドートを書いて、作家としてだんだん出てきます。

書き続けてお金が貯まると、モスクワ郊外のメリホヴォに大きな土地を買います。薔薇やユリをいっぱい植えたいというのが夢だったから、そこに薔薇を植えた。評伝を読むと、そのことがいっぱい書いてあります。

ロシアで薔薇が育つのかと思ってしまいますが、育ったり育たなかったり、気候的にはやはり厳しい。それでもチェーホフは喜んで、自分の書斎の窓の下に薔薇園を作ったりしています。

サハリンにも行くでしょう。囚人を助けるために調査したり、社会的・政治的なことをすごく一生懸命やった人です。地主になってからも周りを調査したり、貧しい人を助けたいという活動もしつつ、薔薇を植え、ベリーや野菜も植えて、気持ちが満たされていく。「『サハリン島』のお金が入ったら100ルーブルで薔薇を買うんだ」とか、いろんな言葉が残っています。

スグリという実がありますね。それも植えて、それが夢だったと言ってたらふく食べる。スグリは小説の中にも出てきます。こんなにたくさん食べられて幸せだと言っていると、弟が「その幸せの後には苦しんでいる人がいるんだよな」と言う。否定的な言葉がちょこちょこ出てくるんです。

チェーホフは一貫しています。トルストイのようにスケールの大きいモラルや宇宙ではない。出自が全然違いますからね、トルストイは貴族ですから。ドストエフスキーのような心理的な葛藤や哲学とも全く逆で、日常の俗悪な人間が出てきたり、悲しい可哀想な人が出てきたり、小さな幸せに喜ぶ人が出てきたりする。作風は作家として全然違います。

木林文庫チャンネル「薔薇を育てた作家たち」

この本と結びついている本

桜の園チェーホフ

メリホヴォに土地を買って薔薇を植えたチェーホフが、作品では大収穫を問い直していく。その転回が『桜の園』に出ている

ワーニャ伯父さんチェーホフ

『ワーニャ伯父さん』はもともと『レーシー』——森の主、森の精霊——という題で書かれ、改作されたもの

カラマーゾフの兄弟ドストエフスキー

ドストエフスキーとチェーホフは同時代で、館長は薔薇の回で「チェーホフはトルストイのようにスケールの大きいモラルではなく、ドストエフスキーのような心理的葛藤とも全く逆」と話している