手塚治虫の『陽だまりの樹』。文庫本のカバーは当時撮られた写真です。これは勝海舟で、咸臨丸でアメリカに行った1860年——万延元年に撮られた写真だそうです。これは福沢諭吉で、遣欧使節でヨーロッパに行った時にパリで撮られたもの。全部で八巻か九巻あって、幕末から明治初期にかけての写真が使われています。
安政の大地震があった1855年から始まります。手塚良仙という実在した医師と、伊武谷万二郎という——親藩だけれどとても小さな藩の最下級の武士で、こちらは架空だと思いますが——この二人が主人公です。1855年から西南戦争の1877年まで、二十年間の物語になっています。
手塚良仙は緒方洪庵の適塾に入る。優秀な人材が集まったと言われる場所で、福沢諭吉もここに来るのでしょうか。二人は全く性格が違って、侍のほうは堅物で、少しでも間違ったことは許せない。架空の人物ですから、西郷隆盛と話があったり、清河八郎と果し合いをしたりする。同じ女性を好きになったりもします。
侍のほうは親藩で幕府方ですから彰義隊に参加して上野の山で戦い、辛うじて生き残る。その後、榎本武揚の軍に従って五稜郭まで行き、消息は分からないという描き方です。手塚良仙は明治初期を生き残りますが、西南戦争に軍医として参加してそこで亡くなる。
第八巻の最後はこう終わります。——その年、手塚良仙は九州の地で赤痢に罹り、大阪の病院へ送られて死んだ。享年51歳であった。私、手塚治虫は彼の三代目の子孫にあたる。——つまり手塚良仙は手塚治虫の曾祖父で、曾祖父の物語を描いたということになります。
私の曾祖父にあたる人は、苗字が須山ではなく、センバ・デンパチロー・タダマサという人だったそうです。二本差しの写真が残っていて、松山藩士だったと聞いています。坂の上の雲の世界ですね。
木林文庫チャンネル「樹と人を描いた名作漫画」
