12冊
婚約が破棄されてしまったフェリーツェに捧げられた『判決』という短編があります。なぜ内容的に彼女に捧げられたのか、よく分かりません。
短編でよく読まれるものに『田舎医者』があります。村に一軒しかない医者が呼び出しを受けるけれど、馬車が壊れて馬もいなくなっている。どうしようもないので小屋のドアを開けると、その瞬間もう患者の家の前に来ていた。これも夢の構造です。
カフカの作品は夢の構造で読めるものが多いのですが、『流刑地にて』は、語る主体が夢見る人ではなく探検家なので、目線は客観的です。それでいて、お話全体は完全に悪夢の構成になっています。
一番夢の構造に近いものの一つが『審判』です。犯罪を犯していると言われて収監されるのに、自由に勤め上げている。罪を犯しつつ勤めているという妙な状況で、最後には殺されてしまう。判決は出ているのに、判決を告げられた主人公は自由に働いて日々暮らしている。
映画化された作品に『アメリカ』があります。もう一つ『火夫』という釜焚きの話のタイトルもある。なぜ映画化したのか理由がよく分かりません。アメリカに着いて港に入るまでの、船の中だけの話なんです。故郷——チェコでしょうか——で女中さんに子どもを産ませてしまって、両親にアメリカへ追いやられる青年の話で、上陸する前の船での話だけ。どうやって映画化したのか、そのモチベーションも分からない。一度観てみたい不思議な短編です。
カフカは日記だけでなく手紙もたくさん書く人でした。後半生の恋人になるミレナに膨大な量の手紙を書いていて、全集の一冊に入るくらいの分量です。その中に「あなたの夢を見ました」という記述が何回も出てきます。
カフカの一番の長編で、未完だとも言われる『城』があります。測量のために城のある町にやってくるのですが、どうしても城に入ることができない。村の人たちの記述で「城に住んでいる人たちはよく眠ってばかりいます、長い間眠っている人たちなんです」というのがあって、考えようによっては、城の中に住んでいる人の夢が村の人たちの生活なんじゃないかと思うくらい、村の生活も奇妙です。彼らが夢から覚めないから城の中に入れないんだ、という構造かなと思ったりします。
日記の中に夢の話もたくさんあります。日付がはっきりしていて、1913年11月24日——革命前ですね——に「眠っているうちに夢を見失う」という記述がある。夢を見失うという表現がカフカらしい。
カフカの作品は夢の構造で読めるものが多い。『変身』もそこそこの長さがありますが、最後の最後まで夢の中で苦しんで、最後は家族に蔑ろにされた上に殺されてしまう。夢が悪夢のまま終わるという話です。
『夢』と題した短編があります。書き出しがまさにそれで、「ヨーゼフ・Kは夢を見た」で始まる。天気が良かったので散歩しようと思った、そう思ってほんの二歩歩き出したばかりだというのに、もう墓地に来ていた。