鏡の国のアリス

ルイス・キャロル 柳瀬尚紀訳

『鏡の国のアリス』にはトゥイードルディーとトゥイードルダムという双子のような奇妙な二人が出てきます。その一人がアリスに向かって、傍らで昼寝をしている王様を見て「この王様が目を覚ましたら、あんたどこにいると思う? 君はこの王様の夢の中にしかいないんだ。王様が目を覚ましたら君は消えちゃうんだ、蝋燭みたいに」と言う。アリスはもちろん「消えないわ」と言うのですが。

大学の後に行った映像学校で、このやり取りを引用してシナリオを書きました。男が女に「君は消えちゃうんだ、蝋燭みたいにね」と言うと、彼女もアリスを読んでいるからどこの台詞か分かって「消えないわ」と返す。「少なくとも君は僕がここにいることの証拠であるということさ」と男が返すと、「それなら私が消えたら、あなたはどこにいるのかしら」と返す。

このシナリオを、学校の講師だった田村孟さん——大島渚のシナリオをたくさん書かれた方——がよく覚えていて、その後ご縁があって私が結婚する時に仲人を引き受けてくださいました。祝辞でこのシナリオを引用して、「佐喜世さん、あなたは実君がここにいることの証拠としてここに立っています」と言ってくださった。五十年以上前の話です。

『鏡の国のアリス』はチェス盤の上で物語が進行する形になっています。最初にクイーンが出てくるところでは、猛烈な速さでアリスを連れて走る。クイーンが言うには「ここでは同じ場所に留まっているために、すごく猛スピードで走らなくちゃいけない」。ちょっと数学的な考え方にもなると思います。

名無しの森と呼ばれる場所があって、そこに来ると自分が誰だか忘れてしまう。アリスも自分の名前を忘れ、出会った子鹿も「あれ、僕って何だっけ」と言う。そこを通り過ぎると「私はアリス」「僕は鹿だ」と言って、鹿はアリスから離れて逃げてしまう。チェスにそういう規則はないと思うので意味がよく分からない、不思議なところです。

ナイトは年を取っていて、すごく乗馬が下手で、進もうとするとすぐ落馬する設定になっています。ルイス・キャロルが自分の老いを託しているとも言われますが、それは穿ち過ぎだとも思います。

木林文庫チャンネル「アリスとルイス・キャロル(前編)」

ハンプティダンプティがアリスに向かって、意地悪な言い方をする。「わしが一つの言葉を使うときにはだな」といかにも嘲笑う口調で「わしがその言葉に意味をさせようとするものを意味する。それ以下でも以上でもない」。突きつめればロラン・バルトのシニフィアンとシニフィエに直結するような言い方で、びっくりした覚えがあります。こういうことを自然に子どものお話の中で言っているんですね。

木林文庫チャンネル「アリスとルイス・キャロル(後編)」

この本と結びついている本

地中の男ロス・マクドナルド

映像学校の講師だった田村孟が、第66回ではフォークナーを勧めてロス・マクドナルドへ導いた人として、この回では結婚の仲人として出てくる。祝辞で館長のシナリオを引用した

フランツ・カフカ

カフカ『城』に出てくるそっくりな二人の助っ人が、トゥイードルディーとトゥイードルダムを思い出させる、と館長は話している