チェーホフは「私は文学者にならなかったら園芸家になったような気がします」といつも言っていて、「私の夢は薔薇を植えて、誰にも会わないで、小さな作品を書くことです」と。実際、作家として書き続けてお金が貯まると、モスクワ郊外のメリホヴォに大きな土地を買って、薔薇やユリをいっぱい植えました。書斎の窓の下に薔薇園を作ったりしています。
先祖は農奴でした。地主に雇われて鞭打たれて働かされる。農奴解放の前にお金を払って自由人になっている。代々は雑貨屋をやったり、貧乏だった。十何人も子どもがいてすごく貧乏で、上を助けるために小さなアネクドートを書いて、作家としてだんだん出てくる。
『桜の園』にはサクランボをいっぱい植える大地主が出てきます。久しぶりに帰ってきて桜が咲いて、真っ白な花が咲き、赤い実が生る。でもその前の真っ白い花は、実がなる前に白いまま凍りついてしまう。幻影のような場面が出てくるんです。結局サクランボって何なんだろう、大収穫って何なんだろう、という反対の主張がだんだん垣間見えてくる。最後は大収穫して豊かになり、それをみんなに配って、それって何なんだろう、というトーンが見えてくる。
チェーホフは一貫しています。トルストイのようにスケールの大きいモラルや宇宙ではない。出自が全然違いますからね、トルストイは貴族ですから。ドストエフスキーのような心理的な葛藤や哲学とも全く逆で、日常の俗悪な人間が出てきたり、悲しい可哀想な人が出てきたり、小さな幸せに喜ぶ人が出てきたりする。
木林文庫チャンネル「薔薇の本」 11:18 / 11:41 / 15:25 / 16:33