「かつて座亜謙什と名乗った人」たる宮沢賢治は、「謙什」の名を冠した童話『虔十公園林』で木を植えた男を書いた。賢治が造形したのは「でくの坊」と呼ばれ笑われ「誉められもせず」の男、すなわち理想の人の姿である。
虔十がただ一つ願ったのは杉苗を植え育てること、そして一生の間のたった一つの逆らい言は、この木を「伐らなぃ」だった。杉葉からの雫を受け、口を大きくあけて立つ虔十のたったひとりのさいわいの姿は、数知れぬ人たちへのさいわいにつながっている。
館長のコラム「木を植える人たち」より
宮沢賢治 絵 伊藤亘 偕成社
「かつて座亜謙什と名乗った人」たる宮沢賢治は、「謙什」の名を冠した童話『虔十公園林』で木を植えた男を書いた。賢治が造形したのは「でくの坊」と呼ばれ笑われ「誉められもせず」の男、すなわち理想の人の姿である。
虔十がただ一つ願ったのは杉苗を植え育てること、そして一生の間のたった一つの逆らい言は、この木を「伐らなぃ」だった。杉葉からの雫を受け、口を大きくあけて立つ虔十のたったひとりのさいわいの姿は、数知れぬ人たちへのさいわいにつながっている。
館長のコラム「木を植える人たち」より