以前、気に入っている本のタイトルとして「イアラ」を挙げました。奈良時代、大仏の鋳造で人柱にされた女性が、銅を流されて亡くなる寸前に「イアラ」と聞こえる叫び声をあげる。それを耳にした恋人の男が、あれは何の意味だったのかと探し続けるうちに、永遠の生命を持ってしまう話です。
彼は生き続けて未来まで至ります。その未来では人間の姿も美意識も変わってしまい、いま美しいとされる人は排斥される。石を投げられ、お前は醜い、あっちへ行けと言われる。その中に、探していた女性——奈良時代の名は小菜女——を見つけて、連れて逃げる。ところが人類は月の形を変えてしまっていて、宇宙のバランスが崩れ、太陽が萎んでいく。その滅びの瞬間に立ち会うことになります。
恐怖のあまり彼女が「イアラ」と叫ぶ。そのとき男は意味を理解します。——その時私はやっと「イアラ」の意味がわかった。再び会いましょう、いつかどこかで。そういう意味だったのだ。意味のないただの言葉だったのだ。あの時聞いた「イアラ」の意味もそうだったのだ。もしかしたら、そのもっと前に聞いた言葉だったのかもしれない。——壮大なSFの漫画です。
この「再び会いましょう、いつかどこかで」は、エリュアールの詩の言葉に近い。——わたしがあなたとわかれても、わたしたちはたがいにおもいだすだろう。そしてふたりがわかれても、わたしたちはふたたび見つけだすだろう。——ほとんど繋がると思います。両方とも気になって、好きになった言葉かもしれません。
