『木に登る王』と全く同じ、やはり嫉妬に駆られる話があります。こちらは木ではなく城壁に登る。それも、敵を寄せ付けないために造られた、ものすごく切り立った城塞です。ドイツの作家ローベルト・ムージルの中編集『三人の女』に「ポルトガルの女」という話があって、それがこの話です。舞台は神聖ローマ帝国の時代で、あちこちで群雄割拠している。その領主の一人で、戦えば傷を負うけれども必ず敵を倒していく豪気な男が、あるとき城の近くの野原で寝ていて、この本ではハエに刺されたと書いてあるのですが、私は誤訳ではないかと思っていて、蚊か毒虫ではないか。とにかく刺されて何日も高熱が続き、戦に出るどころか甲冑も着られない状態になる。そこへ領主の妃であるポルトガルの女のもとに、ポルトガルから幼馴染が訪ねて来ている。二人ともとても若く、奥方が楽しそうなので彼は放っておくのです。
あるとき、ポルトガルの男と一緒にいるところへ領主が訪ねていくと、奥方が領主の頭を見て「まあ、頭がこんなに小さくなっちゃって」と言う。若い男の前でそれを言われたのでものすごく腹を立て、ショックを受けてその場を立ち去る。野原でもう一度自分で触ってみると、確かに頭が小さくなっていることに気づいて余計にショックを受ける。それ以来二人のことが気になり、盗み聞きをすると「君はしたいことをしないで、したくないことばかりしているんだね」というやり取りが耳に入って、ああ、これは俺と一緒にいることかと思ったりする。そして、二人でいるところに踏み込もうという思いが特にあったわけではないのに、自分の体を試すために、難攻不落に造ってある城壁を登り始めるのです。登ってみて彼にも分かるのですが、敵を寄せ付けないための城壁ですから途中で止めることはできない。止めたら落ちて死ぬ、登るしかない。必死に登り切って城壁を越えると、そこがちょうどポルトガルの客人に用意した部屋で、部屋はもぬけの殻、ベッドにも寝た形跡がない。嫉妬に狂っていますから、妻のところにいるに違いないと部屋へ行くと、彼女は一人で寝ている。一応安心して城壁の外に出て座っていると、ふと思って衛兵に「ポルトガルの客人はいつ発った」と聞く。「先ほど発ちました」と聞いて、連れ出しやがったと思い込み、もう一度取って返す。
その最後のところが、さきほどのトリスタンとイゾルデと同じように非常に象徴的な場面です。——突然はっと心にひらめいた。今もう一度ポルトガルの女の部屋に入ってみれば、もう彼女はいないだろう。彼は激しくノックして室内に入った。若い妻は素早く体を起こした。夢の中でこのことを予期していたかのようだった。出ていった時のままの服装で、夫が自分の前に立っているのを彼女は見た。何も証明されたわけではないし、何も片付いたわけでもなかった。しかし彼女は尋ねなかった。彼も何一つ尋ねることはできなかっただろう。——疑いは晴れないまま宙ぶらりんで、この先ずっとこの嫉妬を抱えたまま生きていくのであろうという、かなり胸苦しい短編です。木登りではありませんが、全く同じ設定なのです。
木林文庫チャンネル「木の上の物語(前編)」
