前回の「木登り本」は、嫉妬に狂った男の話ばかりで重くなってしまいました。今回は大島弓子のコミックから始めて、木登りの本を何冊か紹介したのですが、本の話は蔵書のページに分けて置きました。ここには、その合間に出てきた木登りの思い出を残しておきます。
木の上なら言えるかと思った

大島弓子の『すいーん星旅行記』に、木登りは降りる時の方が百倍難しい、という場面があります。これは体験的によく分かります。妻は都会のど真ん中で木がなかったので木登り少女ではありませんが、私は、まさに降りられなくなったことがあるのです。
付き合っていた頃のことです。この人にプロポーズしようと思ったのですが、面と向かってではなんとなく気恥ずかしい。木の上なら言えるかなと思って、もちろん本人にはそんなことは言わず、「ちょっとこの木に登ってみる」と言って登り始めました。新宿御苑でした。あそこには何本も大きな木があって、その木はちょうどいい具合のところに取り付きやすい枝があった。まずそれに飛びついて足をかけて、感覚としては結構上まで登ったのだと思います。
上から「一緒になってください」というようなことを言おうと思って、うまく降りられなくなるといけないので、「ここでちょっと大事なことを言うね」と言ったら、妻が「やめて!」と言う。せっかく言おうと思っているのに「やめて」と言われて、言えなくなってしまった。しょうがないのでもう一度その枝まで降りていくのですが、やはり降りる時はすごく難しくて、なかなか降りられない。下ではキャアキャア泣いている。最後は枝から飛び降りたのだったか、結構足が痛くて、帰り道も妻はずっと泣いていました。
そんなに怖かったのかと聞くと、落ちてしまったらと思って、と言います。木登りが分かっていないのです。あの程度の高さなら危なくないということが分かっていなくて、泣き出してしまったのでしょう。今となっては大いに笑い話です。
木は成長する
その後、十年ほど前にあの木を見に行きました。木はあったのですが、飛びついた枝がものすごく高くなっていた。当たり前のことで、何十年も経っているのですから。全然飛びつける位置にはなくて、木というのは成長するのだなと思いました。こちらは背が縮むのですが。何十年も経てば木は大きくなるのだと、ああいうことで実感します。
石垣を登り切った日
上に登るとなかなか降りられないという話をしましたが、木ではなく、小学校の時の話もあります。今も残っているのですが、ゴルフの打ちっ放し場があって、そこに石垣があった。当時は小学生ですし、今見てもかなり高い。クラスに悪ガキがいて、しょっちゅう突っかかってくるやつで、「お前は臆病だからあんなところ登れねえよな、俺の前で登ってみろ」と言うのです。すぐこちらも頭にきて、挑戦しようと思った。ただ挑戦しても、誰か証人がいないとあいつは絶対に嘘をつくと思ったので、クラスの友達一人に「見ててくれ」と言って登り始めました。
登り始めたら、途中で降りたら終わりだと気がついて、とにかく登るしかない。石垣には所々手が入るところがあって、手が引っ掛かるところには足も引っ掛かったのでしょう。登り切ったのです。ああ良かったと思って上から見たら、そのタチの悪いやつはもういなくて、いつ帰ったのか知らない。本当に嘘つきで、あるときは、たぶん気になっている女の子の前だったのでしょう、そいつもリレーの選手で私も足だけは速かったのですが、始まる前に「お前、いつも俺に抜かれてんだよな」とその女の子の前で言う。実は全く逆で、いつも私に抜かれているやつなのですが。今もいるのでしょうか、お爺ちゃんになって。
あれは怖かった。登り切ったのに降りられなかった。どうやって降りたのかと聞かれると、上まで行って回って帰ってきた、という話です。恥ずかしい話ばかりです。

今回触れた主な本
- 大島弓子『すいーん星旅行記』
- 大島弓子『夏のおわりのト短調』
- ジュリア・バタフライ・ヒル『一本の樹が遺したもの』
- スーザン・E・クインラン『サルが木から落ちる』
- 平野肇『オババの森の木登り探偵』
- 前編で紹介した本: カルヴィーノ『木のぼり男爵』/ミルハウザー『木に登る王』/ムージル『三人の女』