森

魔女の森

魔女の森

C.W.ニコル

『魔女の森』という同じタイトルの本が並びます。C.W.ニコルさんと司修さん、それに宮迫千鶴さんの『魔女の森へ』、梨木香歩さんの『マジョモリ』。タイトルだけ見るとまるで区別がつきませんが、もちろん内容は全く違います。司修さんのほうは文も絵もご自分で、版画の作品で非常に綺麗です。ニコルさんのほうは自伝ではないけれど、元々ウェールズにいた頃の話で、面白いですよ。

ロシアの神話

ロシアの神話

F.ギラン

ロシアも森の民ですから、森の悪魔がいます。レーシー——ロシア語で「レース」が森という意味です——は森の妖怪、森の精霊で、両頬が青みがかっている。彼の血が青い色をしているんですね。緑の飛び出した眼と密生した眉毛を持って、緑の長い髭をたくわえて、足は鶏の足のよう。

La Beauté du diable

La Beauté du diable

Roland Villeneuve Berger-Levrault

フランスで買った本で、「悪魔の美」、美しい悪魔という意味でしょうか。怖いけれど美しい、という意味合いがあると思います。その中に『神曲』地獄篇の挿絵があります。

バーバ・ヤガー

バーバ・ヤガーBaba Yaga

アーネスト・スモール 1966

バーバ・ヤガーって聞いたことありますか。鶏の足の上にログハウスを乗せて、臼に乗って飛ぶという、すごい妖怪です。日本語にするとお婆ちゃんという感じですが、バーバはお婆ちゃんですからそのままですね。これはすごく悪い。

妖怪の森

妖怪の森My Life in the Bush of Ghosts

エイモス・チュツオーラ 1954

アフリカにも妖怪の話があって、ナイジェリアのチュツオーラです。『遠野物語』ではないけれど、言い伝えを元に話を膨らませる。妖怪といってもおどろおどろしいというより、だまくらかすくらいのイメージで、読んでいて面白い。文字通り Bush of Ghosts ですから、森の幽霊ですね。

もう森へなんか行かない

エドゥアール・デュジャルダン 都市出版社 1971

物憂げに囁くような彼女の歌声は、数十年前の自分が漠然と思い描いていたパリに似合っていた。その声の主、フランソワーズ・アルディのアルバムに「もう森へなんか行かない」と題する曲が入っている。この曲と同名の本『もう森へなんか行かない』(E・デュジャルダン著)があるのを、那須塩原の素敵な古書店「白線文庫」に教えてもらった。

もりのおばけ

もりのおばけ

かたやまけん 1969

かたやまけんさんの『もりのおばけ』です。森の妖怪や悪魔やお化けの話は、僕が持っている中では子どもの本が多いんです。金成泰三さんの『おばけのもり』、小川陽さんの『もりのおばけ』、中川李枝子さんの『森おばけ』——タイトルがまるで同じで、見ただけでは区別がつかないでしょう。それぞれ個性は違うし、内容ももちろん違うのですが、タイトルはそっくりです。

ヘンゼルとグレーテル

グリム兄弟 1954

ドイツの怖い森で最初に浮かぶのが『ヘンゼルとグレーテル』です。日本でもそうですが、しょっちゅう飢饉に襲われているから、子どもを口減らしのために捨てるということがかなりあったのでしょう。継母が旦那をそそのかす、父親は可哀想だと嫌がる、けれど飢えてどうするのと言われて捨てさせてしまう。実の母ではあんまりだというので、だんだん継母という設定になったと言われます。

魔王Erlkönig

ゲーテ 1782

ドイツの森というとゲーテの『魔王』です。森の中を行く話で、シューベルトが曲をつけている。子どもが病気になって、父親が早く町の医者に見せようと馬で走る。魔王が子どもを攫おうといろんな幻影を見せて自分の方へ取り込もうとする。父親は「あれは幻だ、木の枝だ」と言いながら必死に走るけれど、町に着いた時にはもう死んでいて、魔王に連れて行かれたという。歌を聴いても怖いし、話を聞いても怖い。あれも森の悪魔の一つの話です。

サルが木から落ちる

サルが木から落ちる

スーザン・E・クインラン さ・え・ら書房 2008

今度は人間ではなく猿です。『サルが木から落ちる』というタイトルで、猿も木から落ちるのもじりかと思ったら、よく読んでみると、熱帯雨林の調査隊がある森に入っていくと、調査の途中で猿が木から何十匹も落ちて死んでしまう。全部の猿が落ちるわけではないのに、何匹も何十匹も落ちる。不思議に思った調査隊が調べてみると、猿たちは木の葉を食べているのですが、同じ木の葉を食べていても落ちない猿もいる。同じ枝から生えている葉でも、アルカロイドの成分が入っている葉を食べた猿は中毒になって落ち、入っていない葉なら大丈夫。猿には判断できないので、分からずに食べたものが落ちてしまう。そこからその葉が薬草として抽出され、アルカロイド系の薬品になるという話です。タイトルは少し刺激的ですが、分かってみると内容も面白い。

神曲

神曲Divina Commedia

ダンテ 1321

怖い森というと、まずダンテの『神曲』の最初の文章を思い出します。地獄篇第一歌。「私たちの人生行路のなかば頃、正しい道をふみはずした私は一つの暗闇の森のなかにいた」。暗闇の森なんですね。「ああ、それを話すのはなんと難しいことか。人手が入ったことのないひどく荒れた森のさまは、思い出すだに恐怖が胸に蘇えってくるようだ。その森の難渋なことは、ほとんど死にも近い」——そう始まる。

ワーニャ伯父さんДядя Ваня

チェーホフ 1897

チェーホフの『ワーニャ伯父さん』という戯曲がありますが、あれは元は『レーシー』——森の主、森の精霊というタイトルで最初に書かれたものを改作したのだそうです。レーシーだとひねり過ぎている感じがあったのでしょうか。

密林の語り部

マリオ・バルガス=リョサ 新潮社 1994

ラテン・アメリカ文学を手に取るようになったのは、私もまたガルシア・マルケスの『百年の孤独』の魔術に震撼興奮させられてからだ。

ロシアの自然誌

ミハイル・プリーシヴィン パピルス 1991

訳者が付けたタイトル、『ロシアの自然誌』の原題は「ロシアの暦」。ロシア関係の本を読むにあたって、ロシアの季節を巡る自然―樹や花や草、動物の生態を知識として持ちたい、という動機からだったが、森と水の詩人、プリーシヴィンがいざなうロシアの大自然に一気に惹きこまれ、ロシアの森の涼気のなかで、酷暑の夏をしばし忘れた。

森のしずく

ミハイル・プリーシヴィン パピルス 1993

ゴーリキーはプリーシヴィンについて「あれはね、生活じゃない、聖者伝そのものなんだ」と言ったという。

森と水と日の照る夜

ミハイル・プリーシヴィン 成文社 1996

処女作『森と水と日の照る夜-北ロシア民俗紀行』(原題「愕かざる鳥たちの国」)を世に送ったことにより、北方は作家、詩人プリーシヴィンの揺籃の地となったのである。

プリーシヴィンの森の手帖

ミハイル・プリーシヴィン 成文社 2009

ロシア文学者、詩人である訳者、太田正一が、プリーシヴィンへのオマージュとして膨大な日記類から編訳した『森の手帖』には、森のロシアと人々の暮らしと生涯共にした詩人のポエジーが凝縮されている。

ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち

ウォーターシップ・ダウンのうさぎたちWatership Down

リチャード・アダムズ 評論社文庫 1972

木を切ったり木々の周辺を汚したりすることへの告発、という点で思い出したのが『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』です。農薬ではないのですが、捨てられたタバコが毒になって土地を汚染し、うさぎたちも被害を被って困るという話。なんとか将軍というのがタバコを捨てるシーンがあります。

カポックの木

リン・チェリー 童話屋 1996

カポックという木がよくわからない。エコロジーの教科書みたいな決まり文句の連なる『カポックの木』という絵本のサブタイトルには「南米アマゾン・熱帯雨林のお話」とある。一方、セネガルは乾いた平原の広がる国だから、カポックは乾湿にかかわりなく、暑い土地に生えるのだろうか。

ピアノの森

ピアノの森

一色まこと 1999

木林文庫には木と林に関わるコミックもたくさんあります。『ピアノの森』は、テレビの放送もあったのでご存じの方も多いでしょう。

入らずの森

宇佐美まこと 祥伝社 2009

森はいつでも誘惑と排除の双面神だが、「森へなんか行きたくない」と思わせる恐怖小説の一つに『入らずの森』(宇佐美まこと)がある。

苗木三〇〇〇万本 いのちの森を生む

宮脇昭 日本放送出版協会 2006

宮脇のキーワードは「その土地本来の木」ということである。「もったいない」のマータイ女史へのアドバイスも、ケニアに元から生えている木を植えなさい、だったという。

リトル・フォレスト

リトル・フォレストLittle Forest

五十嵐大介 講談社 2004

『リトル・フォレスト』は二巻本です。作中では小森——小さな森ですね——という村をモデルに設定していますが、本当の名前は違うのでしょう。その場所の写真が中に出てきます。

グリム童話と森

グリム童話と森

森涼子 築地書館 2016

グリム童話には食料危機の時の話が多いのですが、この本はその後のナチスのところまで、食料危機と結びつけています。