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『木の声が聞こえますか』(池田まき子著)は女性で初めて樹木医となった塚本こなみさんの仕事ぶりを追ったドキュメント。塚本さんは足利市のフラワーパークへ藤の大木を移植するという力業をやってのけた人だ。塚本さんが移し替えた幹の直径一メートル、三百五十畳敷(当時)と云われる藤の木の大きさ、花房の見事さは口絵写真だけでも圧倒される。まさに栄華という言葉がしっくりくる藤の原である。
竹宮惠子さんの『風と木の詩』。これを挙げたのは、ずっと広報誌で対談を担当していただいた河合隼雄先生が、このコミックについて書いているからです。
中野美代子さんの『契丹伝奇集』にも、木に妙なものが生る、結構怖い話があります。契丹はモンゴルのあたりでしょうか。その中に、ワクワクの木という名前の木の話が書かれています。
エクリが出版を始めたのは二十年ほど前で、しばらくは木林文庫ということはありませんでした。何冊目かに、長田弘さんの詩と、樹だけを描いている日高理恵子さんという方の絵——この二人の作品を合わせると面白い本ができるのではないかというので作ったのが、『空と樹と』です。木にかかわる本の最初ですね。
『ポプラの秋』は湯本香樹実の小説。少女とお婆さんものとなれば、すべてはお婆さんの造形、存在感にかかってくる。「千と千尋の神隠し」の湯婆婆や『西の魔女が死んだ』(梨木香歩著)のおばあさんのように、それぞれの流儀で少女たちに生きていくためのエクササイズを施すのだ。『ポプラの秋』のお助け婆さんは、ポパイのように顎のしゃくれた取っ付きの恐ろしげな、心優しいポプラ荘の大家さん。
『静かな木』は藤沢の遺作短編集とされる単行本で表題作を含め三作が収められている。藤沢周平の書いた木と云えば『漆の実のみのる国』で、上杉鷹山が逼迫した藩財政を建て直す方策として植えさせたハゼの木だ。
『燃ゆる樹影』(藤田宜永著)の帯に「恋愛小説の白眉」とある。「うーん、白眉か」と二の足踏んで躓きかけたが、主人公の男が樹木医という設定なので読み進む。本書の冒頭近くで描写される、主人公の治療作業の様子は専門家に取材した手順をなぞっているような印象があるけれど、後半の枝垂桜の手当てでは息遣い手際が生き生きと伝わってきた。
木林文庫の一角に二本の悲しい木が立っている。一本は柳、そしてもう一本は栃の木である。
住まいの図書館出版局がいろんなシリーズを出していて、その中に『木』がありました。白洲正子さんは、作家としては文章がとっつきにくくて苦手だったんです。編集の仕事をしていた頃、白洲さんの本をやりませんかと声がかかったことがあって、ためらっていたら「ぜひ私にやらせてください」という人が入った。僕には荷が重かったかな、という感じもあります。
『樹の鏡、草原の鏡』(武満徹著)、『樹のうえで猫がみている』(やまだ紫著)『木々は八月に何をするのか』(レーナ・クルーン著/末延弘子訳)の三冊が書名を気に入っている本だ。
『七月のポプラ』は韓国の詩人パク・ヒジンの四行詩集である。韓国の詩はほとんど知らず、かなり以前に読んだキム・ジハの抵抗詩集以来になる。書名となった「七月のポプラ」と「宇宙の旅人」という二篇の壮大で透徹とした四行詩を挙げてみよう。
村の生活にカメラを向ければ、そこにバオバブがある村だ。乾いた地に生えるこの樹は65パーセントが水分だというから、バオバブは大きな水樽なのだ。ある一本は近寄りがたい神木であり、ある木の洞は吟遊詩人の墓、象の足を何本も束ねたような巨木は日陰であり遊び場でもある。1000年を生きるとも云われるバオバブだが、最近では若木が育っていないのだという。この村の樹齢400年くらいの樹が天寿まで生き通したとき、人類はそこにいるのだろうか。青い星を破裂させる胚珠を潜ませた悪い種は。
又吉栄喜著の『木登り豚』は芥川賞受賞作『豚の報い』の原点と位置づけられる作品らしい。創作ノートに記したアイデア・会話・情景を書き改めている途中の第一稿といった印象だが、粗い構成を荒々しく突き抜けて沖縄の光が漲り、白昼夢が炙り出される。
文が木島始さん、絵が佐藤忠良さん。佐藤忠良さんは、佐藤オリエさんのお父さんです。
結構昔から持っている本です。『民衆生活の日本史』というシリーズの中に、五行——木火土金水——の最初の「木(もく)」の巻があったので手に入れたものです。民俗学の方面から木について書いている。私はそういう歴史的な知識があまりないので、面白く読みました。
わりと最近入ってきた本です。著者の鈴木さんは専門が哲学の研究で、それもウィトゲンシュタインとキェルケゴール。私はどちらも難しすぎて退散してしまいました。その専門家が、哲学については全然書かずに小説を書いている。総題が『木』で、「杉」と「ブナ」という小説が入っています。
東洋には羊の生る木があるという話が大航海時代のヨーロッパに広まって、それはいろいろな所に引用されています。例えば澁澤龍彦。『幻想博物誌』という短編集の中に「スキタイの羊」といって、メロンのような実に羊が生っているという話を書いています。
文字通りのタイトル『口をきくカポックの木』(アフリカ民話集)には、口承・語り物の魅力に充ちた話が20篇収められている。表題はセネガル共和国のもので、間抜けで小狡いハイエナ(ブーキー)がウサギ(ルーク)にやりこめられる展開。語りもの特有の繰り返しはあるが、小話としては滅法面白い。
ロシア語で木は дерево。副題が「スラブの建築彫刻における木」で、木造建築や木彫、木のスプーンといったものが論じられています。木の教会、木で作った民芸品、室内の調度。昔の揺り籠から棺桶まで、生活必需品をすべて木で作っていたということですね。
木林文庫にある本です。この中に The Battle of the Trees という言葉が出てきて、それに出会った時、妻と一緒に大喜びして「これはエクリの本だね」と言いました。エクリ『木の戦い』はここから始まっています。
珈琲の木の本は木林文庫に一冊だけあって、それがこの『エチオピア コーヒー伝説』です。その話の前に、僕らの珈琲の話から。もう何十年も続けているルーティンですが、朝起きてすぐにやるのが、このコーヒーミルにスプーン三杯のコーヒーを入れて、水は二杯半ぐらい。コリコリ挽いている間に目が覚める、というのを何十年もやっています。
『空と樹と』を見たある編集者の方が、うちの最初の書棚も見て、高知の牧野富太郎植物園で樹の本と樹にかかわる言葉を展示しようという話を持ってきました。その時に、木にまつわる言葉だけを集めて作ったのが『樹と言葉』です。
パリのエスカリエ書店で買って覚えているのが、この一冊です。やはりポスターに通じますね。「Sur la branche」、「枝の上で」というタイトルです。
こちらは男の魔法使いが出てくる『森の魔法使い』です。木の袂でグツグツやっているけれど、薬草ではなくて料理をしている。変なものを煮ているわけではなくて、生活をしている魔法使いなんです。イギリスの話でしょうね。