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世界のいろんな種類の木についての写真集です。地肌に近寄ってみたり、いろんな育ち方をしている木だったり。結構専門的だと思います。自然なのか細工なのかよく分からないものもある。木全般についての本ですね。
ジークフリートの元になる話は北欧神話、アイスランド・サガなんだそうです。バイキングの時代ですから、かなり大きい。読みましたが、全部が王位を巡るひとごろしの話で、王が前の王を殺して次々と続く殺戮の歴史です。凄まじい。フランク王国のメロヴィング朝の王朝史も読んだことがありますが、それも次から次へと前の王を殺していく話でした。
すごく意外だったのがジョージ・オーウェルです。『1984』や『カタロニア讃歌』——スペイン内戦の話ですから、ものすごくラディカルな人でしょう。ラディカルな人が薔薇を育てないわけではないけれど、『オーウェルの薔薇』という本が最近出て、そのタイトルを見た時にすごく意外でした。オーウェルの薔薇? と。レベッカ・ソルニットという人で、これが面白かった。
森の妖怪や悪魔やお化けの話は、僕が持っている中では子どもの本が多いんです。『お化けの森』『森のお化け』『森おばけ』——タイトルがまるで同じで、見ただけでは区別がつかないでしょう。それぞれ個性は違うし、内容ももちろん違うのですが、タイトルはそっくりです。
パリで見つけて自分で買った絵本が、エリュアールの「グランデール」です。当時それを手書きで翻訳して、お誕生日プレゼントですよ、と言って渡しました。45年前のことです。その本を、30年ぶりくらいにエクリから出版することになりました。
グリム童話は、さきほども言ったように食料危機の時の話が多い。この本はその後のナチスのところまで、食料危機と結びつけています。
チェーホフは一貫しています。トルストイのようにスケールの大きいモラルや宇宙ではない。出自が全然違いますからね、トルストイは貴族ですから。ドストエフスキーのような心理的な葛藤や哲学とも全く逆で、日常の俗悪な人間が出てきたり、悲しい可哀想な人が出てきたり、小さな幸せに喜ぶ人が出てきたりする。作風は作家として全然違います。
チェーホフは「私は文学者にならなかったら、園芸家になったような気がします」といつも言っていました。「私の夢は薔薇を植えて、誰にも会わないで、小さな作品を書くことです」と。
そのあとヴルーベリの『デーモン』をうちで出しました。ロシアへ行った時にヴルーベリの画集を買ってきて、『デーモン』を出すときはもちろんデーモンの絵なのですが、その前にとても惹かれたのがライラックの絵でした。一人の女性が座っていて、ライラックの花に囲まれている。
バーバ・ヤガーって聞いたことありますか。鶏の足の上にログハウスを乗せて、臼に乗って飛ぶという、すごい妖怪です。日本語にするとお婆ちゃんという感じですが、バーバはお婆ちゃんですからそのままですね。これはすごく悪い。
薔薇は古くから世界中で愛されてきました。ドイツのヒルデスハイムには「千年の薔薇」と言われる、カテドラルに咲いている薔薇があるそうです。千年の薔薇というとちょうど十一世紀くらい、その頃から現代まで咲いているはずなんですね。
これも似ているでしょう、タイトルが。『マジョモリ』、梨木香歩さんです。「お化けの森」「森のお化け」「森お化け」——タイトルだけ見るとまるで区別がつかない。それぞれ個性は違うし内容ももちろん違うのですが。
ロシアも森の民ですから、森の悪魔がいます。レーシー——ロシア語で「レース」が森という意味です——は森の妖怪、森の精霊で、両頬が青みがかっている。彼の血が青い色をしているんですね。緑の飛び出した眼と密生した眉毛を持って、緑の長い髭をたくわえて、足は鶏の足のよう。
レールモントフの小さな詩『葦』もうちで出しました。宇野亜喜良さんの絵で。不遇で亡くなったところに葦が生えて、それが葦笛となり、ある漁師が葦笛を作って吹いてみると、亡くなった女性の声で語り出す。呼び起こすということですね。
日本の森の怖い話というと『遠野物語』です。幽霊が出てくるというより、暗い森を歩いているとなんとなくもののけが憑いたような気がする、不思議な目に遭う、というのが中心です。
ベアトリーチェは恋の象徴のように絵になっていて、一番有名なのがロセッティです。ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティといって、ダンテという名前が付いているんですね。ダンテの肖像画は残っていますが、ベアトリーチェは残っていないので、みんな想像で描くわけです。
タイトルは『森の大あくま』。森はやっぱり多いですね。絵はあべ弘士さんです。
これは男のほうの、森の魔法使いです。木の袂でグツグツやっているけれど、薬草ではなくて料理をしている。変なものを煮ているわけではなくて、生活をしている魔法使いなんです。イギリスの話でしょうね。
怖い森というと、まずダンテの『神曲』の最初の文章を思い出します。地獄篇第一歌。「私たちの人生行路のなかば頃、正しい道をふみはずした私は一つの暗闇の森のなかにいた」。暗闇の森なんですね。「ああ、それを話すのはなんと難しいことか。人手が入ったことのないひどく荒れた森のさまは、思い出すだに恐怖が胸に蘇えってくるようだ。その森の難渋なことは、ほとんど死にも近い」——そう始まる。
水木しげるが遠野物語を描いていて、いくつものエピソードがあります。その中の、森で不思議に出会う話が気に入っています。ちょうど百話目です。
『庭仕事の愉しみ』もあります。晩年のものですね。