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エルヴェ・ル・テリエの『異常』はフランスのSFです。タイトルのとおり不思議な作りで、こういう作り方もSFにあるのかと思いました。
単語では、なぜか「断崖」という言葉が好きです。エルンスト・ユンガーはドイツの作家で、ドイツ軍がパリを占領していたときの司令官だった人ですが、特に裁判にかけられずに済みました。その彼の『大理石の断崖の上で』は不思議な小説で、このタイトルを知ったとき、すぐに求めた一冊です。
一生懸命思い出して浮かんだ本の一つが、オスカー・ワイルドの「幸福の王子」です。なぜか母がこの話を好きで、繰り返し読んでくれました。ツバメが南の国へ旅立たなくてはならないと言うと、王子はもう少しこの町の貧しい人を助けたいと言って、身に貼ってあった金を一枚ずつ剥がし、剣のルビーを外し、最後は自分の眼まで取ってしまう。ただの銅像になったとき、王子は倒れ、ツバメも寒さの中で一緒に昇天する。
ユングがまだ医局に勤め始めて間もない頃、一人の老婦人に会います。70代半ば、何十年も入院したままの人で、通りかかるといつも同じ仕草を繰り返している。食事はうまく食べられずこぼしてしまうのに、その手の動きだけはきっちりパターン化されている。気になって尋ねると、もう何十年も前からだという。
先日コンピューターのある部屋で本箱を見ていたら、目の前にカフカの本を並べた棚がありました。意外にたくさん持っているんだなと思って、改めて引っ張り出してみたら、これだけありました。多分これで全部だと思います。一番カフカを読んだのは高校から大学の時です。
私が読んでいるアリスの翻訳は柳瀬尚紀さんのものです。柳瀬さんには、広報誌「えるふ」で河合隼雄さんと対談していただいたことがあります。特集が翻訳で、ちょうど柳瀬さんがジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』を翻訳中だったので、その話が中心でした。アイルランドの話で、河合先生もちょうどアイルランドを旅された後だったので。
オーウェルというと僕には『カタロニア讃歌』です。カタルーニャの戦線に義勇軍として参加して、喉を撃たれる。それでも奇跡的に助かる。
私たちはSFと思わずに読んでいた本です。タルコフスキーの『惑星ソラリス』の原作だと言われて、映画を観る前に読みました。映画とは内容が全然違っていて、レム自身は変えられてしまったとクレームを出したそうです。原作も映画も、どちらも面白い。
木林文庫にあるアリス関係の本の一冊ですが、著者がアリス協会の人なのでかなり盛っているとは思うのですが、『不思議の国のアリス』は英訳されたものでは聖書とシェークスピアに次いで多い本なんだそうです。盛っているとしても、世界中でかなり読まれていることは確かでしょう。
作者のたなか亜希夫さんは学芸大学に住んでいると言われていて、「きんりん」で是非インタビューしたいねと言っているんだけれど、叶わなくてね。
たなか亜希夫さんにはもうひとつ、川沿いの探偵事務所を描いたコミック『大川端探偵社』があります。こちらも川の端——リバーエンドです。テレビドラマにもなっていて、僕らが好きなオダギリジョーが石橋蓮司と出ている番組の原作を描いた人です。良い作家です。
ロシア語が好きになって、大学は自ずとロシア語学科へ行きました。文学科ではないので、社説や天声人語を日本語からロシア語に訳すようなことをたくさんさせられましたが、チェーホフは短編が多いので、短編を訳す授業もありました。その中に『中二階のある家』があります。
チェーホフの『中二階のある家』のような、ロシアの美しい風景の中で若い女性に心を寄せる話は、ツルゲーネフの『父と子』にもあったでしょうか。ロシア文学にはそういうものがいっぱいあります。
木林文庫では以前、館長が愛読書を三冊挙げる回をやりました。そのとき私は、長編だから後ほど、と言ったのです。それほど長編を読んでいるわけではないのですが、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』とプルーストの『失われた時を求めて』を二回読んだと言ったので、長編が好きだと思われたのかもしれません。
これがドストエフスキー全集です。ロシア語で読みたいと思って、一冊ずつお小遣いを貯めて買いました。1971年に出始めて、ちょうど大学に入った頃です。全30巻を長い時間をかけて揃えました。
たくさんの木を植え続けた実在の女性の話が『ワンガリー・マータイさんとケニアの木々』(ドナ・ジョー・ナポリ)と『八〇万本の木を植えた話』(イ・ミエ)の二冊である。
好きなのはトルストイなんです。『戦争と平和』は訳を代えて読んだりもしました。ドストエフスキーとほぼ同時代で、チェーホフ、ツルゲーネフと一塊ですね。
ミレナはカフカの死後も生き延びて、ユダヤ人ではないのですがナチスの強制収容所に入れられます。この本を書いたノイマンも収容所にいて、そこでミレナと出会う。カフカの思い出についても話します。
青い花だとそのままのタイトルで、ノヴァーリスの『青い花』があります。あれは幻の花なのですが、ノヴァーリスの文章のほうが、埴谷雄高に比べたらずっと分かりやすい。
一番古い絵本の記憶が、これです。英語版なんですが、部屋を整理しても、身辺整理しても、模様替えしても、断捨離しても、これだけは捨てられずに取ってあります。70年前のものです。
カフカの夢というと、そのものずばりのタイトルの本もあって、フェリックス・ガタリが『カフカの夢分析』を書いています。この中で、カフカにおいて夢は覚醒時と睡眠時と区別されるものとみなされている、と。寝ているときとも覚めているときとも違う状況が夢だという。
婚約が破棄されてしまったフェリーツェに捧げられた『判決』という短編があります。なぜ内容的に彼女に捧げられたのか、よく分かりません。
短編でよく読まれるものに『田舎医者』があります。村に一軒しかない医者が呼び出しを受けるけれど、馬車が壊れて馬もいなくなっている。どうしようもないので小屋のドアを開けると、その瞬間もう患者の家の前に来ていた。これも夢の構造です。
カフカの作品は夢の構造で読めるものが多いのですが、『流刑地にて』は、語る主体が夢見る人ではなく探検家なので、目線は客観的です。それでいて、お話全体は完全に悪夢の構成になっています。